ファンタスティック・ジーサン

素焼きのアーモンド

第1話 ドーナツ形蛍光灯の天使

88年、長い道のりだった。

私のようなものが長生きして良い奴はみんな居なくなってしまった。

良い奴ほど早死にするというのは本当なのだろう。


家族もなく、独り。

都内の借家で88歳の誕生日を迎えようとしていた。

パソコンでネットサーフィンをしながら感慨にふけっていた、そのとき。


バシュイーーーーーーーーン!!!


轟音とともに、目の前が真昼のような輝きで満たされた。

驚いて椅子から転げ落ちる。


ふと目を上げると、いつのまにか借家の中空に輝く黄金の小人が浮かんでいた。

ドーナツ型の蛍光灯と相まって、まるで天使のよう。


天使のような小人はこちらに目をやると言った。

「おお、勇者様。こんなところにいらしたのですね。盟約に従い、生前の力を授けます」


意味の分からない呼びかけに目を白黒させていると、天使の手のひらから光線が飛び出す。

避けようもなく私の頭に光線が突き刺さりものすごい衝撃を受ける。


感電した時のように痙攣してのたうち回る私をしり目に天使は言う。

「勇者様の魂を探し出すのに時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。ですが、死ぬ前に盟約を果たせたので問題ありませんよね?いつまでに力を授けるか、約束しておりませんでしたからね」


天使が言いたい事を言い終わると、光線を出すのをやめてくれた。

私はいまだに脳みそをかき回されたようで気持ち悪い。吐きそう。


私が立ち直る前に天使は「それでは」と言って、登場時と同様にものすごい轟音を鳴り響かせて消えて行った。

私はただただ呆然としていた。


ピンポーン


と、そこにインターホンが聞こえた。出てみると隣の長谷川さんだ。

「あの、すごい音がしていましたが、大丈夫ですか?」


アラサーOLの長谷川さんは老人の一人暮らしを心配してくれる良い人だ。

せっかくなので私は玄関で今起きたことを包み隠さず長谷川さんに相談してみた。


長谷川さんは怪訝そうな顔をして言う。

「はあ、天使がやってきたときと、出て行った時の音だったんですか。本当ですか?……でも確かにすごい音でしたからね」


あまり信じていない様子だが、流石にRPGや異世界転生が流行りの日本だ。

もしかしたら、という気がしているのだろう。悪い男にころっと騙されそうな人だな。


若い女性の奔放さを心配していると、長谷川さんが提案してくる。

「うーん、それじゃ何かの力をもらったってことですよね。どうなんでしょうか、何か力を感じますか?」


何かの力って……自分で伝えたこととは言え、失笑ものだな。

とはいえ、確かに力を感じるのだ。天使が去ってから、落ち着いてきたからか、ものすごい力を感じている。

体内に力があるというわけではない。何となくアクセスできる場所が増えていてそこに力が大量にあるのを感じる。

恐らく天使の光線は私の脳みそからこのアクセス先への経路を作っていたのだろう。

ただ、この力を示すには的が必要だろう。


私は力があることと、何か的となるものが必要な旨を長谷川さんに伝えた。

長谷川さんは窓際に行くと言う。

「そうですね、誤魔化しがきかないように、何かいい的は……お、あの月にしましょう!」


長谷川さんはどうやら私の冗談だと思っていたようで、付き合ってあげますよ風の調子で真昼の月を指さしてきた。

これはまずい。人生の先輩として嘘つきだと思われてはいかん。


私は窓から手を出し、真昼の月に向ける。長谷川さんはちょっとうさんくさげだ。

私は力を手のひらに集中するよう意識する。


キュィーーーーーーーーーーン!!!


すると、手のひらに卵のような大きさの真っ白い球が生まれる。

ものすごい力がこの小さな玉に内包されている。横で長谷川さんが騒ぎ始めたが、白い球の音がすごくて聞き取れない。

そろそろいいかと、球を飛ばす。


ッドォゥ!!!


球を飛ばした衝撃波で家具類が吹っ飛ぶ。余り物のない家で良かった。

長谷川さんの声がやっと聞き取れるようになった。

「あああ!やめてくださいって言ったのに!ヤバいことになったらどうするんですか!あーもう!無茶苦茶!」


衝撃波のせいでぼさぼさになった髪を振り乱しながら文句を言う長谷川さんだったが、私が月を指さすと硬直した。

「……うそ。月が……割れてる?」


そう、真昼の月は砕けていた。正確には球に角が生えたような形状になっていた。

月を突き抜けたり、爆発したりしてしまわないように、丁度いい速度、丁度いい威力を目指した結果、丁度いい感じに月の見た目が変わったのだ。

月の核には当たらないようにしたので、正確には月の表面に地割れが走って、100キロメートル級の山脈が出来ただけだ。

昔、月が消滅した場合、地球には大きな影響が出るというのを何かの記事で見た記憶がある。月を爆散させなくて良かった。


長谷川さんはどうやら忘れることにしたようで、「私はここに居なかった。知りません知りません」と言って去って行った。


さて、長谷川さんに嘘つき呼ばわりされなくて済んだが、このままでは大問題になってしまうだろう。

月にいきなり地球から砲撃をかまして、100キロメートル級の山脈を作るというのは日本の法律か何かにひっかる問題のような気がする。

もし法律上問題がないとしても、月は丸っこくあるべきだろう。


私は両手を月に向けると力を解放した。


ギュッ!ギュッ!


月の両端に輝きが生まれ、月を圧縮する。おにぎりを握る要領だ。

月の圧縮が終わると、100キロメートル級の山脈は綺麗にならされて、月も元通りの丸っこい見た目を取り戻していた。

恐らくは余波でいくつかのクレーターもならしてしまった可能性があるが、その程度は仕方なかった。月の地表を無理に圧縮したせいで月に溶岩流が出来ていて、まるで月が血を流しているようだった。


一連の騒動で散らかった室内を見回す。

とりあえず、今日は片付けで潰れそうだ。貯金を食い潰しながら生きる独居老人に今日の予定などないので問題はない。

それにしても、唐突に得てしまったこの力をどうしようか……あまり悩んでも仕方ない。なるようになるか。すべて世はこともなし。


月を丸めて3時間。片付けも終わり、そろそろ夕食の準備をしようかというところ。


ピンポーン


またしてもインターホンが聞こえた。

今度はなにもしていないが、また長谷川さんだろうか。


ドアを開けると、スーツに身を包んだ偉丈夫が3人。

何やら手帳を示してくる。

「私は内閣府直轄の超常現象管理局に所属する渡辺です。本日この場所で確認された現象についてお話をうかがいたく参りました」


なにやら政府の方がきたようだ。超常現象管理局というのは聞いたことがないので、何をしているのか渡辺さんに説明を求めた。


渡辺さん曰く。

「われわれ、超常現象管理局はその名の通り日本国で発生する超常現象を管理しております。管理とは超常現象の発生抑制、発生時の制圧、情報統制、発生原因の研究など多岐にわたる業務となっています。また、いわゆる超能力者の生活保障、育成、取締りも行っております」


何度も説明してきたのだろう、よどみなく一息で説明すると、渡辺さんは意気込んで言う。

「本日こちらの、まさにこの場所で巨大な超常現象が発生しました。それも5回です。調査方法は明かせませんが、確実な情報です。また、これは部署が違うので未確定な情報ですが、同じタイミングで月に異常が発生していたようです。些細なことでも良いので、ぜひ現場の情報を提供いただきたい」


なるほど。バレているわけだ。これはもうどうしようもないだろう。

このまま渡辺さんが聞き込みをしたら、私の部屋からものすごい音や光がしていたのも、すぐに分かるだろう。


私は訳知り顔で言った。

「……分かりました。すべて話しましょう。ですが、まず長谷川さんを呼びましょう」

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