第120話 願い

 「難しくね?こんなにお参りって高難易度なのかよ」


 終わって漏れる言葉は、間違いなく神社で言ってはいけなかっただろう。しかし、無知な俺にはそれほど難しく、恥をかかないように血眼で見ていたので、その苦労に見合わないあっさり感に、抑えきれなかった。


 「年に1回も行かない人には、そう思うだろうね」


 「怜は違うのか?」


 「姉さんと毎年行ってたよ。今年は彼氏と行くって、嘘か嘘じゃないか、曖昧なこと言ってきたけど」


 「……ホントに曖昧だな」


 何を企んでいるのか、俺が好きになるのは確実だと言ったことを、しっかりと真に受けてしまったかのような言い方。間違いはないけど、そう言われると、変に意識して動揺する。


 「隼の彼女になるには、あと少し何かが欠けてるっぽいし、嘘になるでしょ」


 「ノーコメントで」


 「ふふっ。いじるの楽し。今年初だね、照れたの」


 「なんのことやら」


 浮かれてしまうのも理解する。俺だって今は、このドキドキが何なのか、そして一緒に居たい気持ちがどういうことなのか、知ってるのだから。


 赤く染める頬も、マフラーを耳上まで上げることで隠す。身長差により、下からだと俺の頬は完全に隠れているだろう。でも、気づかれてもいるだろうから、どちらにせよ意味はないかもしれない。


 「お賽銭投げるの、5円何枚にする?」


 隣並んでバッグの中から財布を探して問う。


 「1枚かな。重ねても、毎年行かない俺からだと図々しい気がするし、無難に」


 「なら私も1枚にしよ」


 ちょうど掴んだ1枚の5円玉を見せつけて財布をしまう。するとそこには、再びブランブランされる左腕が。カマチョも仕方ないとは思いつつ、実は繋ぎたいから繋ぐというツンデレを自分の中で完結させる。


 「あれ、気づいたの?」


 「気づかせようと、今回は大振りしてたみたいだしな」


 「そんなことないけどね。けど、今日1嬉しいことが今隣で起きてるのは事実」


 「それは同じく」


 言うと、ハッとしたように怜が俺を見る。


 「なんで同じく?」


 「え?それは分からないな」


 「なーんだ。期待したのに」


 分かってるけれど、分からない演技をしただけ。それが出来るのが、俺だから。偽るのは怜だけが得意なんじゃない。


 「伊桜」


 「なんで名字?」


 「やっぱり名字で呼ぶ方が好きだから、戻そうかなって」


 「え?」


 「いや、嘘。どんな反応をするか見たかっただけ。いつも怜ばっかり、俺の反応を楽しんでるから」


 思ったよりもつぶらな瞳で悲しさを表現するので、嘘をつき続けれる自信がなかった。人のことなんて、そんな意識して生活してないが、怜だけは特別、良いように思われたいと行動してしまう。これもまたその1つだ。


 「焦ったよ。私のことそんなに好きじゃないのかって、心臓バクバクしてるんだから。やめてよね。私は名前で呼ばれたいんだから」


 「伊桜」


 「……拗ねるよ?」


 「拗ねても手を繋いでるから、逃げられないけどな」


 「会話しなくなる」


 「それはそれで好きだから良いけど?」


 「良くないでしょ。いいから名前で呼んで」


 プクッと膨れはしないが、子供のように駄々をこねる5秒前の表情は、癒やしだ。最近クールな一面を覗くことはないが、それはつまり、可愛いと言われることに抵抗はなくなってきてるってことなのだろう。


 「怜」


 「うん。その方が私だけだから、しっくりくる」


 「伊桜」


 ドスッと、強めのパンチを横腹に。


 「今日はドMの日なの?」


 「いいや、今年は怜をいじめる年にしようかと思って」


 「なら名前以外でよろしく。じゃないと怒り狂うからね」


 「それ見てみたいんだけど」


 「見たら最後、絶交だよ」


 「それはダメだな」


 せっかくここまで来れたのだから。最後まで一緒に居てもらわなければ、困るのは俺だ。もし、怜もそう思ってくれているのならば、この気持ちに正直になれる。きっと怜なら、想像通りで居てくれてるとは思うけど。


 しばらくそんな、他愛ない会話を続けること5分。順番が回ってきたので、手を繋いでいなかった右手に持った5円玉を、お賽銭箱に投げ入れる。コツンっと音を鳴らして、チャリンと。そして最後に手を合わせて願いを。


 自分の願いと、怜の願いをそれぞれ1つずつ。


 目を開けて、叶いますようにと心の中で呟いて、離れる。


 「何を願ったの?」


 「言っていいのか?こういうのって」


 「分かんない。いいんじゃない?」


 「怜のその感じ、よくなさそう」


 「かな?」


 お参りだったり、世間一般で知られる常識の範囲でも、俺たちには常識ではないように疎い。知らないことだらけで、世間知らずとも言われて反論も出来ないし。


 だけど、どっちにしろ、願いは叶いそうな気はしていた。


 「私は言っても叶いそうだから言おうかな」


 俺が思うなら怜だって思う。


 「なんて願ったんだ?」


 「天方隼が、私のことを好きになりますようにって」


 「ふっ。なるほどね」


 出会った頃、自分から言い出したことを、怜に言われるようになるとは。これまた感慨深いものだ。


 過去を辿れば、きっと俺なら「いつかなる、いつかなる」と連呼してるだけで、実感なんて湧かなかっただろうに。そんなことに踊り狂わされるように、毎日悩んで、林間学校から大きく歯車が回り始めて、今では理解すらしてしまうようになっていた。


 笑えるほど面白い。


 その願い、もう叶ってるのだから。

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