第119話 初詣

 クリスマスなんて終えてしまえば、次に来るのは年越しだ。と言っても、1人寂しく年を跨ぐだけで、普段と何も変わらないけれど。今年、両親は忙しいからと俺に連絡を入れて、帰る気は全くないらしく、良くも悪くも放任主義だと苦笑する。


 1月1日、朝起きたのは9時過ぎだった。元旦にチャイムで起こされたのは、これが初めてである。誰かと思って、だいたい予想はついていながらも、欠伸を1つして扉を開けた。


 「おはよう。初詣行こ」


 「昨日くらいに連絡してくれれば起きたのに」


 「その顔を見たかったから、わざと連絡しなかったんだよ」


 「なるほど。見られたくないものを見られたわ」


 アホ面で、人様に見せれるほど整った顔立ちなんてしてないのに、怜だろうから大丈夫と高をくくっただけなのだが、それでも少し恥ずかしさと情けなさはあった。


 「行く?初詣」


 「家まで来られて行かないなんて、そんな言えないだろ」


 しっかりと防寒具を身に着け、厚着もして寒さなんて感じてない様子。そんなに着込んでいるのに、家に返して無駄にするなんて、出来ないと分かってて聞くのも中々いい性格をしている。


 「ありがと。それじゃ、着替えてきてね」


 「はいよ」


 雪が降りしきる中で、初詣に行くことを承諾したのは人生初ではないだろうか。寒がりで、冬に外ですることなんて全くないというのに、怜に誘われると行きたくなる。


 すぐ終わるでしょ?と玄関で待つことを選ぶ怜。それから遅いと言われないようになるべく早く着替えを済ませ、その他の身支度を整えると10分ほどで玄関へ向かった。


 「早かったね」


 「催促されてる気分だったからな」


 「ふふっ。してないよ」


 「初笑顔だな。あけおめ」


 「あっ、そうか。あけおめ」


 俺も気づいたのはたった今。年越して初めての会話が「おはよう。初詣行こ」と「昨日くらいに連絡してくれれば起きたのに」という、日常会話すぎて、思い出し笑いを1つ。


 「それじゃ行こうか」


 「だな」


 1月1日に家を出たのは小学生ぶりだ。それ以降、雪が降り積もっても外には出歩かなかったし、遊ぶことに楽しさを感じなかったから、今のように高揚感もなかった。


 一歩踏み出すと、そこには靴底で固められる雪の感触が。ジャリッとシャーベットを潰してる感覚に、どこか気持ち悪さを感じる。


 「どこに行く予定?」


 「そこの神社」


 指差すことは悪いと思ったのか、目線であそこだよと教えてくれる。少し離れた、道のりにして500mもなさそうな近所の神社。家とは反対にあり、怜を家まで送っても通らない、高所にあった。


 「人多かったりする?」


 「普通くらいじゃない?今はもう9時だし、そんなに多くなさそうだけど」


 「そうか」


 「それよりも、手を繋ぐために手袋してきてないんだから、早く手を出して」


 「え?あぁ、ごめん」


 怜の右側に立ち、そっと左手と右手を重ねる。恥ずかしさなんて消えていて、代わりにひんやりとした手を、温めたいと強く握り返す。


 「温かい。気づかれるまで、右手だけ出そうと思ってたけど、流石に気づきそうにもなかったから言っちゃったよ」


 「鈍感にそんな希望抱くなよ」


 「抱くよ。贅沢な希望だってね」


 ニヤッと、俺の心を良い意味で抉るように顔を向ける。贅沢な希望なんて、そんなの何を意味するかなんて、理解していると思えたことが、やはり成長したんだと思った。


 既に体温を交換し、俺と手には温かさを伝えてくれるようになった怜の掌。今まで意識したことなんてほとんどなくて、気にしたとこで別に普通だと思っていた。


 しかし今は違う。確実に触れることが幸せだと思い、更に触れたいと思うようにもなっている。クリスマスでの、怜の過去を聞いたことによる関係の深まり。それが大きく前進させてくれた。


 「まぁ、時間の問題とか思ってそうだし、気にしても鈍感には無意味だから、今はそんなに意識しないでおく」


 「何それ」


 「忘れた頃に、伝えられるのを待ってるよ」


 「…………」


 何をどう伝えればいいのやら。


 初詣に出かけることよりも、怜と手を繋いで隣歩けてることが幸せだということなら、それは伝えれる。けど、冗談でも、俺のことが好きだから?と聞けてた夏休みや林間学校前までとは、全く違った気持ちが芽生えているのは、気恥ずかしい。


 それから歩くこと10分弱、未だ人通りの多い神社の階段を登り終えた俺たちは、更に人で溢れる神社内を、ゆっくりとコケないように歩いていた。


 「人気なんだな」


 「うん。人多いね」


 「その方が良いんじゃないか?知ってる人から見つかりにくいし」


 「花染さんくらいしか居ないけどね」


 自分からその素顔を見せた怜。もう、今後隠す気はないらしく、その理由はまだ教えてくれない。


 「さっ、清めて清めてお願いをしに行こう!」


 「お参りのやり方なんて、知らないんだけど」


 「人の見様見真似でなんとかなるっしょ!」


 年を跨いだことにより、より一層騒がしくなった怜。もう偽りの自分を出すこともなくなり、これからは好きなように生きていくのだと、その陽気さには思いが込められているようだった。


 心身を清め、並ぶ人の腰の角度や手の動き、それらを何度も何度も見て、それでもうろ覚えの動きを叩き込んだ俺は、なんとか神前までの全ての作法を、ブサイクにも終えてみせた。

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