第118話 いつか言いたい
「伊桜さんは、これからどうするの?」
「どうするって?」
「隼くんに対して、何かするの?」
「告白とかを気にしてるなら、多分するよ。して、断られたとしても、きっと隼とは良好な関係を築けるから」
だろうね。
由奈だって今、学校に行けば何度も何度も隼くんにくっつくし、その行動を隠そうとしないのに、怒られることもなく、むしろ楽しんでいるようにも見える。
無意識、天然というのはズルい。だけど、その人の性格だから否定は出来ない。それが長所だから、悪く言うなんて人格否定だ。
けど、やっぱり恋愛面から見ると、どうしてもズルくて酷い性格に思える。しかも、恋愛対象外の私にとっては。
「振られると思う?」
「隼はまだ、好きを知らないっぽいから、告白もしない」
「好きを知ったら、振られないと思ってるってこと?」
「うん。きっと、その好きを教えるのは私だから」
それもそうなんだろう。
私は由奈に比べてアプローチは少ない。伊桜さんと比べたら、多分もっと少ない。そんな私が、好きを教えるだなんて、そんな理想郷の話、あるわけない。
そもそも、私が何かしようとした時、既にそこには伊桜さんが立っていたのだから。
「花染さんは、隼に好きを伝えるの?」
最悪の質問だ。
「……ここから勝ちが見えるなら、伝えると思う」
全く見えないし、見える気配もない。実質、私の敗北は目の前ということ。
「本当は、伊桜さんが隼くんと関わってるんじゃないかと思って、何とか勝とうと、まだ余裕を持って接してたけど、そんな余裕は実際皆無だったよ。もう、先なんて真っ暗で何も見えなくなっちゃった」
由奈のおかげで、まだ好きを理解してないことを知れて、ここからだと伊桜さんにも勝てると思って、クリスマスを次の目標にしていた。しかし、その間にも2人は接点を持っていた。
思い返すと、よく学校で話していた2人。移動教室も、時々偶然を装ったかのように一緒に行っていた。
「私に諦めてほしい?」
少しいじわるに質問した。
「それは私が決めることじゃない。当然、諦めてくれたら私にはメリットしかない。だから、諦めてくれるなら嬉しいよ。けど、諦めてほしいと、思うことも願うこともない。今の花染さんが、この先隼とどうしたいのかを決めることに、伊桜怜の私感は必要ないでしょ?」
良い子だから、私にはない良さを持つ子だから、きっと隼くんは惹かれたんだろう。ごもっともな答えに、私自身、最低な質問だと申し訳なく思う。こんなに泥濘に塗れた気持ちを持つ私と、透き通った天然水に塗れた伊桜さん。どっちに隼くんが傾くかなんて、考えなくても分かる。
きっとこの子なら、好きを教えられるんだと、胸の内側に湧き上がる様々な感情を、私は我慢して嚥下した。
「そんな人だったんだね、伊桜さんって。なんだかもう、勝ち目なんて見えないよ。隼くんに好かれてるだけあるね」
「そう?私なんて我儘なお嬢様だよ」
「それが、女の子なら普通だよ」
好きな相手にあれこれ求める。それが恋愛であれば普通のことだ。お金とか時間とか、そういうことではなく、自分にこうしてほしいのだという願いを言うことならば、だ。
「よし」
隣の席になってから、学校で話さなかったことは1日すらなかった。出会って2週間で好きになって、今日までずっと恋心を抱いて、暇さえあれば側に立っていた私。人生で初めて、悔しくない負けを知った。
「伊桜さん。私は諦めないから、取られないように頑張って」
「……うん」
嘘だ。諦めはしないかもしれない。それは諦めきれない自分がそう言ってるから。でも、私はもう背中を追うことはない。隣で、伊桜さんを嫉妬で掻き立てる悪魔になる。そうすればきっと、伊桜さんだって少しは私の気持ちを知ってくれると思うから。
好きだとは伝えない。1年後、2年後、4年後、会って好きを諦めてたら、その時に「あの時私、隼くんのこと好きだった」と伝えられるように、今は目を瞑ろう。
「戻ろうか。私の聞きたいことはなくなったし、隼くんも凍るから」
「……そうだね」
薄々、伊桜さんも察してるのだろう。私の心情も何もかも。実は賢い人だって、私は知ってるから。でもそれに、私は見て見ぬ振りをした。
「ただいま」
コケないように、雪の上を確かな足取りで走ると、そこに待つ好きな人に放った。
「おかえり。早かったな。色々解決したのか?」
「うん。これからのこともね」
「そうか。怜と花染が仲良くしてくれるなら、それで良いや」
伊桜さんからそうだと思っていたけど、こうして目の前で、名前の呼び方で差がつけられてることを痛感させられる。
「これから、怜を送って花染を送るのか。騒がしくなりそう」
「すぐそこだから、私は1人で良いよ」
「それ、隼くんに『それでもダメ』って言われたいだけでしょ!」
「ふふっ。正解かもね」
「普通に仲良さそうだな。軋轢生まれてると思ったけど、そうでもないんだな」
「美少女同士気が合うんだよ。ね?伊桜さん」
「そうだね」
私にはない、特別とクールさ。隼くんが可愛いよりクールを求めることは知ってて、その上で何とか私なら大丈夫と思ってたら、こんな難敵が。勝てるわけもなく、呆気なく撃退されてしまった。
「帰るか」
「「うん」」
今はまだ心の中に、自分のものにしたい欲が詰まってる。それはきっと、伊桜さんにも負けない。だからこの想いが消えるように、私はいつか想いを溢れさせるだろう。
大好きな隼くんへ、届かないように。
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