第117話 偽りを許して

 即答に、思わず肩を震わせた。隼くんの中では、もう答えは決まっているようなものだと言っていたから。きっと、今夏の服装だったとしても寒さは感じない。体温は上昇する一方で、それは良くないことが理由という。


 「そっか……」


 続きが出てこない。何を言えば正解なのか、自分から話し始めて路頭に迷うように言葉を失う。頭の中では雑念が呻き合って、喧騒に放り込まれていて、落ち着けもしない。


 どこで間違えたのだろう。いや、元から間違えてなんていなかったんだろう。だって隼くんに、私たち以外に遊ぶ人が居ることを知らなかったのだから。


 どうすることも出来なかった。


 そう思えば、1つ気になることが。


 「やっぱり、私たちには言えない秘密があったんだね。どこかそんな気はしてたけど、まさかこんなことだったってね」


 「悪い。俺にも色々とあったから」


 久しぶりに、感情のこもった言い方をされた気がした。いつも無感情で、無表情で、笑うこともそんなにない、でも優しい男子として認識されていた人気者。


 そんな人からの本気の謝罪は、だからこそ苦しかった。


 「ううん。あの人は先輩?無理には答えなくて良いけど」


 可能性を失いたかった。失えるだけ、失って、もう再起不能になりたかった。そうすれば、今後未練なくいつメンで居られるから。


 「……何とも――」


 「違うよ」


 隼くんが喋る途中、遮ったのは私ではなかった。右奥の公園の入口付近から、どこかで聞いたことある、けど正確に思い出せない声音が、鼓膜に伝えた。


 突然だった。気配も何もなく、集中もしてない私は、全く気づくことは出来ず、ドキッとしてからそこを見た。


 「私は先輩じゃないよ」


 薄暗くて見えづらい。月明かりと微かな街灯が、歩いてくる彼女を照らす。徐々に見えるようになるその顔。見たことないけれど、見たことある顔だった。


 やっぱり、予想は当たってたんじゃないか。


 「別れた時、自室の窓から外を見ると、花染さんと隼が2人で歩くのを見たから、少し追ってきた」


 「……伊桜さん?」


 後ろ姿だけしか見なかったさっきと違って、よくその顔を見れてるから分かる。間違いなかった。


 「そうだよ。この私で会うのは初めてだね、花染さん」


 余裕のある面持ちで、私の顔を覗く。全く、普段のおとなしくて可愛げのある伊桜さんではなかった。姫奈よりも大人びた、美麗な姿で視界を奪う。


 「……うん」


 すっかり下の名前で敬称もなし。いつからそんな関係になったのか、私の胸は傷つくだけだ。裏で動いていたとはいえ、こんなにも勝てない容姿に、性格は知らなくても隼くんとの関係からいいことだとは分かる。


 いつから勝ち目はなくなったのだろう。


 「隼、少しそこで凍えててくれる?私と花染さんだけで、少し話したいことがあるから」


 「……寒くないから、お互い良いって思うまでしてきてくれ」


 「分かった。ありがと。――花染さん、ブランコに乗ろうか」


 コクッと頷いて、隼くんから離れて話を。気遣いだろう。恋愛的な話になるから、それを聞かれないようにという伊桜さんなりの。


 それから歩いて、普通の声量でも隼くんに聞こえない距離のブランコへ。雪は積もって乗りにくく、手で払っても冷たさは感じる。座るとすぐ、待たせては良くないからと、伊桜さんは口を開く。


 「まず先に、ごめんなさい。隼には、私との関係は秘密にするよう言ってたから、悪いのは全部私。普段から自分を偽ってたのも悪いと思う。だから、本当にごめんなさい」


 好き好んで隠させてたわけでも、自分を隠してたわけでもないと正直に言う。関わりは少ないけど、心底申し訳なく思ってるのが伝わった。


 「いいよ。別に悪いことじゃないし。何かしらの理由があるんだろうから、それなら仕方ないことだよ」


 そう。秘密があるのは仕方ないことなのだ。分かってるけど……分かりたくないと、認めたくないという私がいる。これもまた仕方ないことなのだろうけど。


 「何か、聞きたいことはある?」


 「……いつから隼くんと?」


 「夏休み前。期末テストの勉強だからって、隼が図書室にきて、話しかけられて、意気投合したって感じ」


 隼くんが嘘をついた日と、そんなに大差ない。ということは、隼くんはあの日から、少し浮かれていたということか。


 「隼くんのこと好き?」


 「うん。好きだよ」


 「…………」


 こっちも即答だ。狼狽もなくて、誤魔化しもない。自分の気持ちに素直になって、まるでこれが贖罪かのように、スラスラと言った。


 聞きたくなかったけど、絶望するには聞きたかったことだ。隼くんと長い時を一緒に居たならば、好きになるのは不可避だから。それはこんな美少女相手でも、変わらなかった。


 「それじゃ、今の伊桜さんと、学校の伊桜さんって、何が違うの?」


 聞くと、それを聞かれるだろうと待っていたのか、いや、聞かれると知っていたのだろう。淡々と説明を始めると、聞き終えた時には、私では耐えられない過去に、固まって言葉を失ってしまった。


 ――「――つまり、容姿が良く見られないように、偽ってたってこと?」


 「そうだね」


 「そうなんだ……」


 だから偽りの見た目。その上で、隼くんとの関係を……これは元々勝ち目がない話だ。私の入る隙間なんて、どこにあるというのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る