第115話 どうするか

 帰路に着く俺たちに、襲うのはちらつく雪だけ。一桁は当たり前の気温に、手袋も必要だったと思わせられる。が、あいにくと手袋なんてものは、そもそも持ってない。


 だから指先は冷えないよう、ポケットに突っ込んだまま。


 「どうだった?イルミネーションは」


 同じく手袋をつけない怜は、はぁぁっと息を吐いて、白くなるのを初めて見るかのように、笑顔を咲かせたあと、聞いた。


 「綺麗ってしか出てこないけど、損はなかった。夜って外に出ないし、だから、こんな賑やかで、色鮮やかなのかっては思ってたな」


 怜と一緒だからっていうのは、もちろんのこと。他にも、初めてだったり、単純に俺の目に、俺の感性にその情景が美しく浮かんだからだ。


 日々、そんな青春という青春を送れているわけでもないし、バカげたことに時間を費やして、高校生らしいまだ子供っぽいことを出来てもいない。けれど、誰よりもドキドキはしている。


 バレてはいけない理由があり、こうして本当の伊桜怜とデートをする。これこそが、何にも代えがたい、幸せである。


 「ちゃんと人間の感性あって安心安心」


 「逆に俺をなんだと思ってたんだ?」


 「常に無感情の人」


 「これまで何回も感情出してたけどな」


 ザクッと、踏みつけると雪の違和感が。これに気持ち悪いと顔を歪めることだってするし、丸めて投げて、はしゃぐようなこともする。まだ高校生の子供なんだから、感受性豊かではある。


 「なのに鈍感なんだもんね。不思議。結構喜怒哀楽あるのに、気づかないことにはとことん気づかないもん」


 「それはどうしようもないな」


 「逆に、そのおかげで助かってることはあるけどね」


 「だったら長所として捉えとく」


 別にこれで俺が不幸になるわけでもない。もしかしたら、他人に影響あるかもしれないけど。


 「良いかもね」


 言ってすぐ、怜は止まって空を見上げる。


 「雪、減ったね。さっき多かったのに」


 「そうだな」


 顔に吹き付ける雪もなく、今は綿が落ちてくるように、静かに重力に従う。


 「もう家も近いから、ここらでプレゼント交換して歩けば、丁度着くんじゃないかな?」


 「センス問われるから、渡して速攻で帰るつもりだったけど」


 「ダメダメ。センス悪くても、いじられて帰らないと」


 ガサゴソすることもなく、先程からお互い提げていた紙袋を渡す。何が渡されるかよりも、渡したものが良いものなのか、そっちが気になる。


 「メリークリスマス!」


 「メリークリスマス」


 何気に今日初めて言っただろうメリークリスマス。意味はよく分からない。プレゼント渡す時に言ってるイメージは強いから、間違いではないと思うが。


 「うわぁ。これ何?」


 早速開けて中身を取り出して見せる。


 「入浴剤だよ」


 「へぇ、これ入浴剤なんだ。なんで入浴剤に?」


 「怜って、いつもうるさいから、風呂くらいはまったりしてほしいと思って」


 「なんかひどいことを言われてる気がするけど、まぁ、良いこととして捉えようかな」


 「助かる。怜のこれは?」


 今度は俺に渡されたプレゼント。開けてみると、フワッと一瞬フローラルな香りが鼻腔を擽った。


 「アロマキャンドルだよ。私が家に行った時、極楽気分を味わうための」


 「これ、俺用じゃないんだな」


 「そうだよ。私と隼、2人へのプレゼント」


 「なるほどな。それはいいアイデアだわ」


 「入浴剤も一応2人でお風呂入れば使えるけど?」


 「……いや、別々で入れば使えるし、一緒じゃなくて良いだろ」


 「ふふふっ。照れてる照れてる」


 間違いなく照れた。隠すことも出来ないほど、想像してしまうと頬を熱をもたせて赤く染めてしまう。だって、それほどのことを言っていたから。これまでの怜なら、そんな攻めたことは言わなかったというのに。


 お互い変わりつつある今、少し出遅れてるのは俺の方らしい。いや、先に行き過ぎてるのだ。怜が。


 「満足!今日結構楽しかったくない?短かったけど」


 とっくに俺の家は過ぎていて、もう怜の家は見えていた。立ち止まって、帰りたくないのか時間を遅らせるように、俺の前に立つ。


 「楽しかったな。イルミネーションにプレゼント、何よりも伊桜怜の過去。思い出に残るクリスマスだな」


 きっとそれは、今後変わることはない。可能性は無限大でも、こんなに自分にとって色鮮やかで、心動かされて、楽しかったクリスマスが、友人と過ごした最初のクリスマスだったら、これ以上はないと思える。


 「でしょ。今日はこの入浴剤に浸らせてもらうよ。早速ね」


 「俺は火をつけないで、枕元に置いて寝る」


 「用途間違ってるけど、私がそうさせてるんだから仕方ないね」


 再び歩き出すと、俺は動き出すまでに時間が必要だった。帰ることが名残惜しくて、足を重くさせたから。でも、満足したのは事実で、これ以上は求めてはいなかった。


 「今日も家まで送ってくれてありがとう。色々と話せて楽になれたよ。私は私で居られるんだって、隼のおかげで気づけた」


 「それなら、日々感謝して寝てくれ」


 「ふふっ。今日はそうする」


 とことん上機嫌だ。笑ってしまうほどに、溢れるそれは、溢れれば溢れるほど、俺を笑顔にする。


 「それじゃ、今度は年明けだね」


 「だな」


 「またね。おやすみ」


 「おやすみ」


 テクテクと、コケないように、でも走るのは、今の気分を可視化したようで可愛らしい。似合わなくても、常にクールだった怜が、華奢に動くと、やはり心は踊る。


 今日は俺にとって、大きな1日だ。見送って帰ろうと、俺はそれから踵を返そうとした。けれど、やはり幸せの後は一筋縄ではいかない。


 さてと。


 「隼くん……?」


 こっちをどうしようか。

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