第109話 クリスマス

 きっと今聞かれたなら、俺は冬の風物詩に対して、イルミネーションやクリスマス、サンタさんと答えていた。目に映るそれらが、どれもこれも豪奢で、ツリーに飾られた装飾品に、しれっと寂寥に声をかけたりも……流石にしなかった。


 12月24日なんて、そんなの冬休みに浮かれる学生が多い中、特に男女二人組の関係性が多く見られるのは、やはり言わずもがなそういうことなのだろう。


 一時をものにしたい者、一時を長年過ごしたい者、一時を大切な思い出作りとして彩りたい者。それぞれ、多種多様な男女二人の組み合わせに、思わず頬に触れた。


 温かみのある、まだ冬の寒さに慣れない肌の感覚が、チクチクと、露出した手のひらに刺さる。次第に冷えて、いつかは外気に下げられるとしても、今はまだ、それを保っていたかった。


 たった1人、この場に待ち合わせをしたから俺は居る。まだ17時半の、夜が話しやすいからという理由の遅めの集合。歩く人々に、目を向けられることも少なくて、違和感のない今、俺は聞くべきことを聞くために、そして自分の気持ちを近づけるために、この場に立っていた。


 マフラーの巻き方も曖昧で、若干首元が冷気に晒されても、俺はそれを普通だと気にしない。人の見様見真似でも、出来ないことばかり。やはり、不器用な俺には、知り得ることは少ないのだと、空気感に駆られて思う。


 そして、僅かその2秒も経過しない後、響く靴音は積もった雪を踏み潰す、でも軽くて柔和。視線を向けた先には――偽物は居なかった。


 「おまたせ」


 茶色くも、上下セットアップのニットスタイル。俺とほぼ真逆の色彩、白くも真っ白とは言えない、淡く彩られたマフラーを首に巻き、端的に言うならば雅やかな女性として、幻想的であった。


 「時間ピッタリだ」


 「かな?寒かったでしょ?絶対に先に来ると思ってたけど、少し時間かかっちゃって遅れた。ごめんよ」


 「大丈夫」


 言葉は……はっきりと口に出せない。魅了され、目を奪われ、呂律をも奪われて、今の俺はてんやわんやだった。久しぶりと言えばそうなのだが、誕生日から時間が経つと、そして好きになりたい欲が強まってから、どうも顔を直視すると動悸が激しくなる。


 「今日は特にすることなんてないけど、イルミネーション見て、お互いに何かクリスマスプレゼント買って、最後に少し話を聞いてくれたらいいかな」


 今日のメイン。それが、怜が教える、その偽りの姿の理由だ。何故なのか、いつかは聞きたいと思っていた内容を、今日聞けると思うと、昨日は寝るのも難しかった。


 過去を聞くのなんて、それは覚悟が必要なこと。いざ聞くとなると、妙に緊張してしまうのは俺だけだろうか。


 「プレゼントか。センスが問われるのは止めてほしいんだけど」


 「私もセンスなんてないから、良さそうなのを選んでくれれば、多分私たちなら大丈夫だよ」


 かな、とも思った。しかし、この雰囲気に感化されたからか、そんな適当に選んでプレゼントするのもどうかと、似合わないことを思う。


 「そうかもな」


 「それじゃ、行こう」


 「あっ、そうだ。今日の怜、いつもより可愛くて、綺麗に見えるよ」


 「……ありがと。義務感あったけど、まぁ、ホントに言ってくれてるっぽいし、素直に受け取るよ」


 口端は上がった。それは、俺の記憶や感じ方違いかもしれないが、心の底からの、幸せを教えるものだった。胸に響くものがある。苦しみ、悲しみ、そんな負の感情じゃなくて、何故か高揚感に駆られる響き。


 もしかしたら、なんて思っても、確実だと思うまでは見て見ぬ振りをする。


 「それに、いつもより可愛くないと、それは偽ってる意味がないからね」


 陰キャを演じて、誰かを、何かを遠ざけるように潜む。これまで一切その片鱗を見せなかったのも、徹底して隠し通していたから。それが明かされるのは、少年心も擽られて、更に惑わされそう。


 「偽ってたら、それはそれで可愛いけどな」


 「どーも。私だからそりゃそうだよ」


 自分の容姿を熟知してるのも、相変わらずで何よりだ。


 ツリーの背には、どでかいモールが聳え立つ。以前、花染たちと水着やら何やらを買いに来たモールとは違い、自宅から離れていない、毎年イルミネーション云々で人を呼ぶ、有名な場所。


 向かって歩き出すと、隣にちょこんと、寄り添うようにくっつく怜が横目に映る。もうドキッとすることは当たり前で、次第に近づく正解に、俺も焦燥感はなかった。


 「昔はさ、イルミネーションなんて見ても、ただの灯りじゃん、なんて思ってたけど、今は少し違うの、共感してくれる?」


 左に並ぶから、必然的に左から声も聞こえる。同時に、共感を求める右肘での突っつきも。


 「共感しかない。イルミネーションは、そもそも興味すらないから、無関心一筋だったけど、今は綺麗だとは思う。少なくとも怜よりは」


 「ここに来て、よく最後の一言加えられたね。私よりもイルミネーションが綺麗なのは、彩りの話でしょ?比べる相手が間違ってるよ」


 拗ねるけど、それは僅かな時間だけ。何を言われても、結局は――。


 「そうだな。怜には怜なりの綺麗さがあるもんな」


 怜が可愛くて綺麗なのは変わらない。愛おしくて、怜だけの癒やしというか、鷹揚とした姿に、それは一生。

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