第110話 プレゼント
「隼は、どこが綺麗だと思う?」
まさか聞かれると思ってなかったことを、不意に聞かれることで俺は瞬間的に慌てた。「んっ」と言葉が詰まって、喉元で気持ち悪く、仕方なく嚥下した。
「……っと」
「え?まさか適当に言ったの?」
「いや、違くて」
考えたら、それはもう大量に出てくるから、噴水のように、止まることを知らないから、困ってしまうのも無理はなくて……。
どうしても、口に出すことが憚られる?ように、口ごもる。口に出すのが恥ずかしいのだと、それはもう分かった。だって、出会ってから、冗談でも可愛いとか綺麗だとか、素直に言えなかったから。
「……ごめん、なんかいつもと違って、淡々と言えないや」
「ふふっ。あっそ。別に良いよーだ」
でも、怜は上機嫌だった。言われたいことは、具体的な綺麗の内容だっただろうに、俺が言えないことを楽しむ、いや、口ごもることを幸せのように含んで笑った。咲かせる笑顔に、どうも今日は調子が狂わされそうな予感がして。
「不気味なんだけど」
「そりゃ、偽りから解放されてるからね。いつもの私として接してたら、不気味に思うよ」
「確かに」
不気味に思うのは、俺が情緒不安定になっているからだ。この気持ち、ざわつき始めそうな、落ち着きのない動悸を始めとした、あらゆる不明瞭な点。それらが全て、未だ未知。
今日で何かしらの端緒は掴めるのは確実だ。どうなるのか、その楽しみも、動悸を早める1つの理由。
抱えるのは、きっと俺だけではない。怜も、今日の僅かとも言える時間に、並々ならぬ覚悟を決めているはず。お互いに新たな一歩を踏み出すためのクリスマス。やはりクリスマスの力は伊達ではないらしい。
モールに入り、何を買うかと彷徨するおれたち。優柔不断で、インドア。外なんて天敵な俺たちには、やはり室内で使えるものに目を奪われる。
「何か買うもの決めてるのか?」
「そんなの、目で見て決める以外にないよ。隼の家で使えそうなクッションとか、それはもう揃ってるし、実は悩んでる」
「俺も、今回は怜のお誘いだから何するかとか、全く決めてなくて、もちろんプレゼント候補も」
計画なんて、集合時間だけしか決められない。だって、モールに何があるのか、何をすればいいのかなんて、いつも家で過ごした俺たちに分かることではない。
欲しい物は誕生日に貰い、怜の欲しい物は知らない。聞くのも手だが、そうなれば俺の欲しい物も聞かれて、お互い知ってる物を買うという、サプライズも面白みもないことになる。
「だったら、私をプレゼントにしようか?」
突然だった。恥じらいなんて見せず、ニッコニコの笑顔の裏に、しっかりと邪念に塗れた怜が居る。以前は照れたはずが、今はこれにも慣れてしまった様子。形勢逆転のようで、なんだか忍びない。
「答えにくいからやめてくれよ。嬉しいけど、色々と困る」
「そう?私は良いと思うけどなぁ」
「……俺は良くない」
全く。怜を名前で呼ぶようになって、気分を損ねた怜を見たことがない。いつも笑っていて、不満なんてなく、今までは若干残っていた寂寥すらも感じない。完全に、怜として偽りから抜け出した姿が、学校でも時々見られた。
もちろん、こんなにも自分を隠さず接することはなかった。しかし、時々話しかけに来る時は、眼鏡を外したり、突然背中を突いたりと、人を気にせず構うようにも。
だから、変わりつつある中で、その隔たりを消してきたということには、何かしらの意図が組み込まれているはず。それは、今日の約束のためだと、分からないほど低能ではない。
「仕方ない。しっかりプレゼント探そうかな」
「助かる。ホントに助かる」
「あははっ。やっぱり隼をいじるのは楽しいね」
特権だからな。
いつメンも、俺をいじることはない。それは、いつメンが俺をいじる側にしたから当然だ。誰も彼も抜けていて、変人で、秀才で、ツッコミどころしかないから、俺は成るように成ってしていじる側になった。
だから、今のこの状況は新鮮であり、怜にだけある特権。いじられるのは慣れてないから、対応なんてのも、知らない。
「それじゃ、一旦ここで別れようか。めちゃくちゃ早く見つけて帰ってくるから、集合場所はここにして、隼も早く戻って来てね。あんまり離れたくないから、絶対に」
「わ、分かった」
――あんまり離れたくないから。
そんなことを、軽々と言われると、怜は俺のことをそんなに意識してないのかと思う。親友として、これまで友達が居なかった寂しさがあって、それを埋めた俺を、大切にしたいが故の言葉。
だとしても、やはり俺の気持ちは埋まらない。
「それじゃ、ここでね。絶対にだよ?すぐ戻って来ないと、私拗ねるから」
それは俺も同じ……かもしれない。
「俺も拗ねるから、先にここに戻って来ててくれ」
「ふふっ、競争だね」
「人混みの中、気をつけろよ?」
「隼もね」
手を振り、雑踏の中を俊敏に駆け抜ける。人に当たらないよう、目で見た情報を丁寧に処理し、ここに戻って来るのだと、それはもう背中から強く感じた。
俺はそれを見送って、口端を上げてから先へ進む。真逆の方向。何が売ってあるかなんて知らないのに、どこに何があるか知らないのに、取り敢えず前へ前へと。
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