第108話 覚悟
なんで怒ってるか分からないから怒ってる。
この言葉はよく耳にしたことがある。夫婦喧嘩や、交際中の男女で、特に男性が言われているイメージが強く。まさにその気持ちが分かっている気がする。
何をそんなにため息をつかせて、気落ちさせているのか俺には分からない。それが悪いことだと分かっているけど、それを言えば火に油を注ぐ行為となり、更に困らせるので言えない。
「もう冬だな」
耐えれず、真逆も真逆、全く無関係のことを口走ってしまう。言って自分でも吹き出しそうになったが、花染は綺麗な相好を歪めていたので、なんとか堪える。
「この秋、秋らしいことした?」
「話の変わり方が凄い……けど、秋らしいことはハロウィンパーティーだけだよ。紅葉狩りとか行きたかったけど、そんな時間もなかったし」
「多忙だもんな」
いつメンは俺を除いて部活で忙しい。朝練、昼練など別々に組み込まれる予定で、奇跡的に揃ったマスを有効活用するしかないのだから、集まるのも珍しいのだ。そんな中で、計画を立てても無意味だから、寂寞を感じさせるように吐き出した。
「隼くんは秋らしい……こと」
止まった。事件解決のため、麻酔銃を撃たれたように、頬杖から腕を枕に机に寝る態勢へとフニャフニャに変わる。
「……何?どうした?」
「ねぇ、秋の次の季節ってなに?」
「冬ですけど」
「冬の風物詩といったら?」
「……マフラー」
何があるかと、取り敢えず外を見とけばなんとかなるっしょ精神で窓を見れば、机に横に掛けていたマフラーが目に入る。風物詩にしては少し薄いが。
「他には?」
「他に?…………雪」
「他には?」
「雪だるま」
「他には?」
「……こたつ」
「他には?」
「えぇ…………あっ、クリスマス」
他にはbotとなった花染に、俺の思いつくだけの風物詩を伝える。無限に続くのかと思われたが、窓を見て視界に入った斜め後ろの怜に、クリスマスを思い出させてもらうことでそれは止まる。
「そう。クリスマス」
「やっと人間に戻ったか」
いつもから感じられない、鷹揚とした姿で花染は言う。
「クリスマスって暇してる?」
あっ、と思ったのは俺だけじゃない。一瞬微かに背後付近に同じ雰囲気になった人の存在を感じた。おそらく怜だろう。寝たふりをしていたようだが、しっかりと聞いてるらしく、反応を見せた。
「どっちの?」
聞くってことは、どちらかに予定があるのだと、秀才である花染でも、落ち着きのない花染である今は気づかない。
「どっちでも」
「空いてるけど?」
「良かった。だったら、24日に私と2人で寂しくクリスマスを過ごさない?」
この質問の前は、怜とのことを言わないでいいのだと安堵していた。しかし、そんなに事が上手く運ぶわけもなく、しっかりと怜との予定日に予定を申し込んできた。
どうしようかと、少ない時間の中で俺は怜をチラッと見た。しかし、既にそこに座る人の姿はなく、いつの間にか気配もろとも怜は居なくなっていた。
助けなしか……。
分かっていたことだが、人の頼みを断るのは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。でも、今回は絶対に譲れない。怜の過去を知れるのは、このタイミングだけだから。
「悪い。そっちに予定が入ってるんだ。25は空いてるけど」
「……え?……嘘?」
「本当」
「誰と誰と?」
食い気味に、体を倒して目の前まで迫る。興味津々なのはいいが、驚きも重なって眼力が尋常じゃないほど鋭いのは、恐怖を感じる。
「それは言えない」
そういう約束はしてない。しかし、怜は当日偽りを消してくると言っていた。つまりそれは、見られたくない姿で来るということ。俺が怜と行くことを伝えれば、いつメンには広まるはず。それは良くないことだと判断する俺は、今回は言わない。
「……そっか……でもその人って女の子だよね?」
「どうだろうな」
俺の前では、時々オラオラするから、性格のことなら女の子とは言えないな。言ったら殴られるやつだ。
「えぇ……嘘でしょ……ここでも?え?過去最高に困ってるよ……」
「25は無理なのか?それなら空いてるけど」
「……無意味だよ」
「そうか」
明らかにテンションが更に1つ下がる。見ていて辛いものがある。いつメンとして、遊びたい花染の気持ちを無下にするのは良くないことだ。
最近怜に関わることが多くて、どうも暇になれない。そして何よりも、怜との予定がある時、その時が花染や青泉の誘うタイミングであり重なってしまう。いつメンか怜かを選べと言われているようで、神に俺は嫌われているようだ。
「はぁぁ。これでもまだ、私は諦めないから。由奈も頑張ったんだし、砕けるとしても後悔ないように!」
邪念を吐き出すと、気合を入れて頬を叩く。騒がしい昼休みに、教室内に轟くことはない。それでも、確かな覚悟は花染の何かを動かしたようにも思える。
「って言っても、どうしようかな……気合じゃ、その人に勝てるとは思わないし」
「花染も、何か自分で達成したいことがあるんだな」
「そうだよ。私に出来ること……は、ないかもしれないけど、少なくとも最後まで、決着がつくその時までは、屈することなく戦うから」
その覚悟は、花染を突き動かす重要なことだった。だけれど同時に、花染の表情には、また違う別の覚悟があるようにも思えた。
そしてこの日が――今後多くのことを左右した。
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