第105話 怜と隼

 一口飲めば、水で割ったのが嘘だと分かる。何かと思えば、リンゴ主張強めのフルーツミックスジュース。甘々な私を、更に甘々にするようで、私の気持ちを見透かされてるよう。


 しかしそんなことは一切なく、鈍感を極めた天方は、右手に茶色の、多分カフェオレを持って隣に座った。私と同じ飲み物じゃないのが残念だけど、隣に来てくれただけでも良かったから、メンヘラを抑える。


 「フルーツジュースって好きなの?」


 「そんなに好きじゃないかな。好きなのはカフェオレ、抹茶、コーヒー」


 「じゃ、なんでフルーツジュースが?」


 「伊桜の好きが分からないから、一応炭酸飲料もカフェオレもコーヒーもココアもフルーツジュースも、一通り好みが分かれそうなのを置いてる」


 「へぇ。常に私のことを頭に入れてるの?いつ来るか分からないのに?」


 「流石に来るって聞いてないと用意出来ない。だから突然の訪問には対応も無理」


 心の中で、天方も思っているだろうか。初めて?久しぶり?どちらか分からないが、ここで好みが分かれたのは驚きだった。いつもは、時間も空間も食べ物も、何もかもが一緒だった。共有出来て共感も出来る。そんな当たり前が今、覆った。


 伝えないのは、もし天方が気づいていて、私がそれに気づいてないことを伝えるためだ。それこそ、意思疎通が図れる私たちには無意味な駆け引きだけど。


 まぁ、それについてはだからなんだって話だ。相性抜群だからといって、全てが共通するとは思ってない。そんなことで悩み考えることもしない。今の私は猪突猛進を決めた女子。天方に好きを自覚させるための起爆剤。ひたすらに突っ込むだけだ。


 「今後から対応出来るように、この家に住もうか?」


 今は本当にそう思っている。住みたいし、365日24時間を共にしたい。厳しい躾をされて育つ子は、変な性癖が生まれるというが、似たような感じで、友達の居なかった私には、初めての友達として天方が出来た。その結果、天方を好きになり、ついにはその愛が重くなってしまった。


 軽い愛とかないとは思うけど、自分でも異常だとは思うほど重い。今の問いも、心の底からのものだから。


 そんな問いに何も変わらない天方は言う。


 「お好きにどうぞ。別に伊桜が居ても何も変わらないし、家の伊桜を見れていいかもしれないしな」


 似た気持ちを抱いているのか、それとも冷やかしているのか、どちらにも捉えれる発言に、私の頭の中は混乱していた。いつもならハッキリと理解するのに、嬉しさに惑わされて正確な思考が許されない。


 「さ、流石にそれはしないけどね」


 「ホントに?結構楽しみだったんだけどな?」


 読めない……冗談っぽいし。


 「それはいつかのお楽しみってことか。今はそんな余裕もないし、時間に困ってるわけじゃない。もしかしたら嫌な面も見られるかもしれないから、今はその考えは保留だな」


 「だ、だよね」


 いつもなら、私が惑わして混乱させてたり、詰め寄って色々聞き出してたのに、今では私が自滅している。恋とは恐ろしいもので、顔なんて見てられないほど、熱を含んだ顔を隠したい気持ちに駆られる。


 「どうした?暑い?」


 「ううん。大丈夫だよ」


 熱いけど、暑くはない。


 「変な伊桜が隣りにいるんだけど。何かおかしくない?」


 「何が?いつもと変わらないけど」


 「んー、久しぶりで感覚が麻痺したかもしれない。勘違いかもしれない」


 「変なの。いつも通りアホでなによりだよ」


 「嬉しさ皆無に見えるぞ」


 「慣れたってこと」


 天方には、絶対にバレない。狼狽しても、それは絶対から揺るがない。色恋を知ろうとする天方に、私の気持ちに気づく余裕はない。だから、気になることは全て自動的に除外される。今ももう、天方には私についての疑問点は消えているはず。


 だけど、私は攻めの姿勢をとり続ける。今日はせっかく誕生日に隣に座れてるのだから。


 「そんなことより、私からの提案があるんだけど、聞いてくれる?」


 「提案?良いけど?」


 「いい加減、私と天方も、友達になって3ヶ月近くになるでしょ?だから、私のことは怜って呼んでほしいっていう提案」


 「伊桜を名前で……って、やっぱり俺の誕生日に俺がお願いされるんだな」


 「それが私たちの誕生日だよ。だから天方も、私の誕生日には何かお願いしていいってこと」


 その時は、なんとかしらを切って、私のお願いを聞いてもらう。我儘で最低な私だけど、それでもいいから天方から何かをたくさん貰いたい。


 友達は私だけじゃないのに、私とも時間を確保してるのはとても感謝してる。我儘に怒ることもなく、日々私をダメにしてくれてることも感謝してる。おかげで、好きだって知れたから。


 今度はお返しをする番だ。


 「何か考えとく。それで名前の件だけど、伊桜が良いなら呼ぶ。怜って、俺の中ではカッコよくて似合ってて好きだし」


 「ホント?!」


 素で反応してしまった。ハッ!とするが、ちょうどカフェオレに手を伸ばしていた天方には気づかれなかった。こういうタイミングは味方してくれるんだから、私も運良いよね。


 「ホント。だから、学校では伊桜って言うけど、2人だけなら怜って呼ぶよ」


 「嬉しい。ありがと。私は今度から天方は隼って呼び捨てにするね。いい?」


 「隼か。蓮以来の下の名前呼び捨てが、まさか怜だとは」


 鼓膜に伝わる怜という名前。響きがどうとかよりも、単に呼ばれたことが、既に嬉しかった。


 「いいよ。今度から俺のことは隼で。お互いに名前で呼び合うってことで」

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