第102話 天方は天方だ

 「なぁ、好きって何か分かるか?」


 聞いてハッとなったのは一瞬。私はその言葉の意味を理解することを放棄した。何故?それは少しだけ嫌な予感がしたから。最近の青泉さんの件もあって、少し敏感な恋愛事情。ここでそれに触れられるのは、動揺を生む。


 「好き?聞いてどうするの?」


 答えは、なんとなく、を求めた。しかし。


 「好きを知れば、今俺が人を好きなのかどうかが分かるかなと思って。人それぞれだけど、参考には出来るからさ」


 これを、今好きな人が居る、と捉えるか、気になる人がいる、と捉えるかで私は道を分かれることになる。


 「気になる人が居るの?」


 「んー、少しだけ」


 「ふーん」


 これまでそんな話は一切なかった。やはり青泉さんの件から何かが変わっている。恋を知らず、これまで生きてきた天方に、私は単純に余裕を持って接していた。どうせ恋も知らないなら、私の側から離れることはない、と。


 けれどそんなのは一瞬で覆った。今はとても良くない状況ではある。恋を知ろうとする天方に、花染さんと青泉さんと華頂さんは敵にしては強すぎる。向けられる好意に気づけば、天方だって意識するはずだ。


 「私とか?」


 自滅か救済か、2択を迫った。


 「伊桜のことは常に気にしてるからな。違うとは言えないかな」


 「つまり、違うってこと?」


 「さー、どうだろうな」


 ここに来て曖昧に答えられるのは、私としては不都合だ。知れないし、私じゃない可能性が大きくなった。私ならはっきり私と言っていた人が、突然踵を返すように背を向けた。これは焦るかもしれない。


 「で?どうなんだ?」


 「……私も好きがどうかはよく分かんない。けど、その人に触れて幸せを感じたら、好きってことじゃないかな?」


 ここはズルをしよう。さっきの笑顔、かつてないほどドキドキした笑顔は絶対に幸せを感じていた。ならば、少しは私のことを脳裏に過ぎらせるはず。人はこうして手に入れるもの……だ。


 え?私、なんで天方を自分のものにしたいんだろう。


 私に過った、一瞬の疑問。親友と、長い間を共にして思い出を作りたいから?それとも――私が天方を好きだから?


 いやいや、ありえない。私が天方を好きになるなんて!だってこれは、天方が、私に友だちが居ないことを哀れんで、築いてくれた関係。その上で私も思い出を作っている。


 もし好きなら私は……いや、これは親友として普通のことだ。だから何もおかしくない。私は親友として天方を、ずっと隣に置きたいんだ。ずっと……ずっと?!


 ああ!もうよく分かんない!


 「なるほどな。ってことは、俺は伊桜を好きってことになる。さっき幸せを感じたし、その理論だと恋愛感情持ってることになる」


 「……え?」


 何を恥ずかしげもなく言っているのかと、私は目の前で固まった。確かにそう思わせるために言ったけど、口にするとは思ってなかった。1人で考えて、私のこと思い出して照れることを想定していた私に、予想外の展開だ。


 「何言ってるの?」


 ――伊桜のこと好きってことになる。


 私はその言葉にドキッとした。いや、し続けてる。どうしてこうも親友の言葉に鼓動が高鳴るのだろうか。気づきそうだ。何かに、私が気づきそうだった。


 しかし、私は――考えることを放棄した。


 2回目。今日は、何度もおかしな天方に狂わされる。触れてきたことも、構ってくれたことも、何もかもが私の予想を超えている。だから私はオーバーヒートしてしまった。それほど、天方が――。


 「だってそうだろ?俺は今幸せだったから好き。伊桜の言ったことはそうなるけど?」


 「……どうなの?」


 「俺はまだ、自分で伊桜のことを好きとは思ってない。だから違うかな」


 「だったら私にも分からないかな」


 「伊桜は頬に触れた時幸せだった?」


 カウンターが飛んでくる。飛ばしてるつもりなんてないだろうけど、自分の言ったことを後悔したのは久しぶりだった。


 「幸せだったけど、天方のことは好きじゃないから、自分で言っておいてなんだけど、的外れだったね」


 嘘ではない。幸せだったし、好きでもない。なのに、嘘を言ってないのに、胸がギュッと苦しくなる。


 「なんだそれ。やっぱり好きって簡単には分からないよな」


 「天方には早いんだよ。まだ、私と思い出作りしてる方が、恋愛より楽しいって」


 「かもな。恋愛したらもっと楽しかったりして」


 今までそんなことは言わなかった。どんどん先へ行って、私を1人にするようで落ち着かない。再び、今度は強めに胸が締め付けられるように苦しかった。私よりも恋愛を選んだなら、そう考えると悔しくて悲しくて、ただただ寂しさが残った。


 「それなら、私と恋愛したらもっと楽しいでしょ?」


 これは花染さんが打ち上げの時に使った技だ。実質答えを1つに絞った質問。絶対に欲しい答えを貰える質問。だけど、私たちの関係にはそんなことは無意味。どんな技でも、私と天方の間に遠慮や気遣いなんてものは存在しない。正真正銘、今思ってることが聞ける。


 どう答えるか、私は密かに両手を握って待った。握る理由に、目を背けてるくせに。


 「そのつもりで言ったんだ。この関係に恋愛感情が加わればどうなるのかって、個人的には気になるからな」


 私の目を見て、朗らかな笑顔で答えてくれた。それは、気にしすぎた私の心に、安心感を与えてくれる、大きな大きな一声だった。

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