第101話 おめでとう

 「それは私が触れたらってこと?それとも触れられる事自体がってこと?」


 答えを誤ればビンタされそうな雰囲気。しかしニヤッとした表情に隠れたそれは、俺の答えに何の影響も齎さない。


 「伊桜に触れられたらに決まってるだろ。癒やしを味わってる気分だ」


 「っそ。天方も成長したんだね」


 「おかげさまで」


 触れることも、触れられることも、伊桜ならば何の抵抗もなかった。頬に触れて、お互いの熱を感じる行為に、これほど落ち着かせられるとは思ってもいなかった。


 安易に触れてはいけないと、いつの間にか無意識にでも避けるようになった女子への接触。それすらも、今はどこかへ消え去っていた。思い返せば、原点は伊桜だった。


 ある日しれっと思った――触れてみたい。その対象が伊桜だった。


 「それじゃ、私も天方も機嫌良いうちに、これを渡すよ。誕生日おめでとう」


 両手が頬から離れるのを名残惜しく思いながらも、持ってきた大きな袋の中から、何かを取り出す。言われないと気づかなかった誕生日。何故知ってるのか気になるが、それよりも気になることは目の前にあった。


 「ありがとう。これは?」


 「これは林間学校前に、天方と図書室で会った時、早めに帰宅したでしょ?その時に買いに行ってたやつ。前、欲しい物聞いたら、バカな理由で教えてくれたこれ」


 「開けていい?」


 「どーぞ」


 思い出そうと考えるが、全く遡れなかった。目の前に出される紙袋。それは俺の胴体ほどある。一体何なのかと、開封する。


 「あー、思い出した」


 夏休みに破いて、それ以降そのまま使っている枕。それを俺は欲しいと望んだ。あの時は適当だったし、思いつかなかったから、咄嗟に枕なんて言ったが、これは結構嬉しい。


 「低反発枕か。よく覚えててくれたな。誕生日と欲しい物」


 「それだけ天方のことは気になるってことだよ」


 「大好きかよ。ホント、ありがとな」


 「どうせ枕変えてないでしょ?」


 「面倒だからな。使えないわけじゃないし」


 飛び出る綿を入れて、また出たのを入れてを毎日繰り返していた。外に出ることもなく、休日も怠惰に生きる俺に、買い替えてくれる人が存在するのは途轍もなく助かった。


 「フワフワだな。伊桜のほっぺくらい柔らかい」


 「喜んでもらえて良かったよ」


 「それで、もう1つのそれは?」


 袋の中に余ったもう1つの物。


 「これも同じ枕だよ。枕2つ」


 「2つも?予備ってこと?」


 「絶対にそう言うと思った。これ見た時、2つの枕を天方に見せると、予備って言うか、同じ家に住むって聞き返すかの2択だった。そしたら案の定、予備って言った。同じ家に住むって考えないのはまだまだだね」


 言われて俺も思う。多分ここで同棲を考えれるならば、きっと好きになって、付き合いたいという意思表示なのだと。だから悔しい。まだ好きを知るには時期尚早と言われているようで。


 「そのために2つ買うって、無駄金では?」


 「いいや、どっち答えるか聞けただけで十分だよ」


 「変わってるな」


 最近伊桜が変で、変わってきたと思っていたが、これが本当の伊桜であり、戻ってきているんじゃないかと思っている。元の性格に。


 若しくは俺が、知らない間に変わっていて、見方や考え方が変わってるか。若しくは、どっちもなのか。定かではないが、どちらかが変わりつつあるのは確実だ。夏休み中と今では、大きく変化していると、俺でも分かる。


 「これは予備だから、まだ使ったらダメだよ?もしも私が泊まりに来た時に、使うことだってあるかもしれないし」


 「それ、私のために置いててって言ってるようなもんだろ」


 「そうかもね。多分泊まりに来ることはあるだろうし、絶対に使わないで」


 「絶対ね。はいはい。1つで足りてるから使わない」


 泊まりに来ることにはなんの抵抗もない。この気持ちが普通ではないのも知ってる。もしかしたら、俺はもう伊桜のことが好きなのかもしれない。なんて思ったりしているが、実際分からない。


 未だに掴めない好き。その答えを知りたいからと、焦ることはしない。だけど、早く好きにならないと、とは思う。青泉のように、いつか傷つけてしまう人を作らないためにも。


 こんなに好きを知りたいと思ってるの、日本で俺だけかもな。


 「よし、誕生日プレゼントも渡せたし、私は帰ろうかな」


 「え?もう?早くない?」


 「嘘だよ嘘。帰らないでよーって懇願する天方を見たかっただけ」


 「だとしたらネタバラシ早っ」


 「絶対に言わないって、最初の反応で分かったからね」


 分かってくれているのがありがたい気持ちしかない。期待してないと言われてる言い方だが、それでも大正解なことが嬉しい。俺のことを知ってくれていることが嬉しい。


 「いつか言われるようになると良いな」


 「そんな関係にはならなさそうだけどね。どっちもいじわる好きだし、負けず嫌いだし。甘えることがなさそう」


 「確かに」


 伊桜との関係では、なんでも言い合える親友の関係を築いている。恋人同士の、甘い熱いラブラブといった関係とは程遠い。だから、俺から帰らないでと、甘えたように言うことは多分ない。


 恋してみないと分からないけど、それは絶対に近い多分だ。


 そう思うと、そんな関係でも付き合うことは出来るのだろうか、と疑問に思う。だから聞く。


 「なぁ、好きって何か分かるか?」

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