第99話 ツンツン
「絶交とか言っても結局はしないだろうから、落ち込むことはないけど」
「でも、嫌なこと言われたら落ち込むから、軋轢は生んじゃうよね」
「その時は仕方ない。俺だって、伊桜の全てに応えれる人間じゃないからな」
この関係で居たいと言われたら、俺はそれに従うしかない。両方の同意でのみ、付き合うことが許されるのだから、俺が好きなだけでは永遠に片想いというわけだ。
「今までそんなことなかったけどね」
「それは伊桜のお願いが少なくて応えられるものばかりだったからだ。どうなるかは分からない」
「んー、そうか。私も最近我儘言うようになったし、もしかしたらあるかもね」
俺だけじゃなく、伊桜も変わり始めた最近。慣れてきたからか、俺へのお願いや、構ってと言う回数も増えて、初期の伊桜の面影は薄れている。今の伊桜の方が関わりやすいのは間違いないが、たった3ヶ月でこの関係なのは感慨深いものがある。
遠慮ないのが楽だとも思えるしな。
「もしも不満が募ったらどうなるんだろうね。私たちって喧嘩するのかな?」
心の距離は近くても、物理的な距離はソファとテーブルで離れている。抜けた姿勢から見える、伊桜の私生活。いつも部屋でこうして寛いで居るのかと、質問内容と関係ないことを思っていた。
「するんじゃないか?それこそ、伊桜の今の我儘が増えたり、それに俺が応えなかったりしたら」
「私が我慢すれば喧嘩しないってことかな?」
「それでも喧嘩はするだろ。誰だって相性良くても合わないことはあるしな。絶対にしないとは言い切れないな」
「なるほどね。喧嘩してみたいけど、やっぱりそう簡単に出来ないよね」
「なんで喧嘩したいんだよ」
「私となら、仲悪くならないんじゃないかなって思って、もしかしたら喧嘩も楽しめるかなって」
「それ、喧嘩って言わないだろ」
喧嘩と聞いてから、俺と伊桜の揉め合いの想像も出来ない。伊桜はツンツンしてるがしっかりと優しさを持っているので、喧嘩が始まる前に解決する。そもそも俺たちは怒り合うような性格でもない。故に、喧嘩が起きることは考えにくい。
「ついでに聞くけど、なんで我儘が増えたんだ?最近何か変化するようなことあったか?」
俺の視点では何もなかった。打ち上げから変化を始めた伊桜に、起点があったかと問われれば頷けない。単に俺が伊桜を見ていないからなのかもしれないが。
「あったよ。私からすれば結構ね。青泉さんとか、花染さんとかが加わってから」
「そんなに影響してるのか」
「いい?私は天方が唯一の友だち。花染さんたちは、まだその段階じゃないから。でも、天方は違うでしょ?天方には花染さんも華頂さんも青泉さんも友だち。つまり、私が関わりたい時に関われないことも多くある。それが影響して、今の私が居るの。もう少し私に割く時間があってもいいのでは?」
「頑張ってるさ。学校では難しいけど、こうして家では構ってる」
「でもこれ、夏休み以来だよ?それに、今も私の隣に座ることはなくて、まだ距離がある。これを構ってると言える?」
「…………」
飲んでいたカフェオレを嚥下し、コップは持ったままテーブルに置いている。コップから離れないんじゃなくて、考え事に意識が割かれて離すのを忘れているのだ。
「座る場所がないからここに居るんだ。占領されたらどうしようもないだろ」
「なら一声かければいいじゃん?」
「邪魔したくなかった。楽しそうにスマホ触ってるから」
「まだそんなこと気にしてるの?」
「……一応」
不覚にも、確かに、と思ってしまった。伊桜なら邪魔されても怒りはしないと知っていたから。でも、話すこともそんなになかったから、隣に座るという選択肢は俺になかったのも事実。
ここからでも会話は出来たし、不満はなかった。やはりここで隣に行きたいと思うのが恋をするということなのだろうか。まだ掴めそうにない……って、俺のことより伊桜か。
「悪かった。そっち行くから、空けてくれるか?」
「仕方ない感で来られても嫌だから空けない。そこでいいよ」
「拗ねるなよ……」
なら言うなよ、とも思った。ツンデレとはこういう時、本当は来てほしいと思っているのだろうか。見解を深めたつもりだったが、実際、その人のツンデレ度を確かめなければ意味ないことに、たった今気づいた。
「それなら拗ねさせないでよ」
「女王様か」
「喧嘩するよ?今の私は不満しかないから、一方的にグチグチ言えるんだけど?」
「受け止めるくらいはする。俺が悪いらしいから」
「悪いらしいって……呆れたよ」
本当に女王気質の人が居るとは。目の前で、自分の思い通りにならなければ好き勝手言うこの人を、誰が止めれると言うのだろう。
嫌になったのか、無言でクッションを抱えて体を横にする。そして電子書籍でも読んでいるのか、スマホを触り始めた。この時の解決法を是非、書籍で調べたいものだ。
伊桜怜の取扱説明書、売ってないかな。
自由人でも、遊び行って良いかと聞かれて承諾した俺に対して、好き勝手暴れて拗ねる。何故に俺はこんな状態なのか、未だに理解出来なかった。
でも、好きになるチャンスだとは思った。拗ねてるけど、あれは構ってほしいという意思表示だと、それだけは分かった。何故って、それは全ツンデレの共通点だから。それに対して仕方ないからと、俺はそのツンデレに応えようと席を立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます