第98話 気づき
分からないままでも良い。そう思ってたのは林間学校前までだ。俺は伊桜と初めて会話してから思ったことがある。それが、伊桜のことを好きになることだ。それはまだ恋を知らない俺には、希望でもあった。
一目見た時から、好きになる、と、本能的にも理解したあの瞬間は確実にそうだった。これから俺は伊桜と関わることで好きになるのだと。でも、実際3ヶ月ほどが過ぎた今、その気配はない。いや、見つけられていない。
何が好きなのかを知らない。嫌いなのは分かる。それは俺の中で、嫌悪感や憤りが証明してくれるから。でも好きっていうのには基準がないから証明もない。
運命だと口で言っても、それから好きを自覚することもない。結局は、何か刺激がないと俺には知り得ない。好きになりたいと焦る気持ちは、青泉のように好意を抱いてくれる人を傷つけたくない一心で思う。
流石に身の回りに居るとは思えないが、俺自身への評価に鈍感だからこそ、一概にそうとも言えない。難しい。聳え立つ壁を壊せないのは、どうももどかしい。
別に伊桜が誰かに取られることを考えているわけではないのに。
「何を考えてるのか分からないけど、林間学校で何かあったのは知ってるよ。それで今悩んでるのも。だから林間学校の帰りのバスで、私の質問が聞こえなかったり、今も、呼びかけても自分の世界に入って聞いてなかったりしてるし。ある程度の予想は出来てるけど、それが天方にとって悩むべきことなのは、少し私からしたら悲しいかな」
「……マジ?無視してた?」
「うん。でも別に気にしてないよ。もしも誰かから告白されれば、天方が考え込むことは、全然知ってたから」
「…………」
これは俺が露呈したようなものだ。青泉には悪いが、伊桜に隠し事は無理だ。賢いからこそ、俺の異変に気づく。伊桜と違って、常に伊桜の前で俺は俺だ。少しの違和感でも気づくほどの距離感だからこそ、隠し事は意味を成さない。
「大当たりっぽいね。やっぱり告白されてたか。戻ってくるのが遅いからそうかなとは思ってたし、天方の顔が悩み事を抱えてる時だったから、これは十中八九って思ってたけど。うーん。打ち上げから2週間。早いね、青泉さんも」
「そうだな。2週間で恋を出来るのが凄いと思う。何かしらのきっかけがあったんだろうけど、俺はそれがないし」
「どんなことで悩んでるかは、流石に分からない。言いたくもないだろうから聞かないけど」
「教えようか?」
「天方がいいなら」
言おうと頭の中で整理をした。その瞬間だった。
俺は伊桜を好きになる。から、俺は伊桜を好きに
日本語の伝え方の難しさではなく、本当にそういう意味だった。いつの間にか思ったこと、それが好きになりたいと俺から願うようになったこと。これが大きく違うのだと気づいた。
「ん?どうしたの?」
顔を覗き込む伊桜。俺はチラッと見て目を合わせて言う。
「いや、やっぱり言わない。なんか分かった気がするから」
「解決したってこと?」
「解決するかもしれないってことだ。まだ解決には遠いけど、自力で行ける気がするんだ」
高揚感に駆られた。その時、緒を見つけた俺は、単純に嬉しかった。好きになろうと自分から動こうとしているのだと、自分は実は伊桜を好きになり始めているのだと、無意識にでも好きになろうとしてることが嬉しかった。
確かにそれは無意識であり、自分で気づかないと意味はないこと。しかし、それでも一歩進んだのは間違いない。
「ふーん。なんのことか分からないけど、いい事そうだから喜ぼうっと。わーい」
両手を挙げて顔は真顔。感情のない喜び方が逆に面白かった。
実に巫山戯た恋愛価値観。好きを知らないのに、好きになりたい人がいるという謎。名探偵でも解決出来そうにない内容に、心の中で微笑を浮かべる。
「うわぁ、スッキリした気分だわ」
「えぇ、なんかズルい」
「知らなくても伊桜にはデメリットないから大丈夫だ」
もしも、伊桜が好きでいてくれるなら、だが。伊桜は俺と仲のいい関係を築いているだけだろう。だから好きになることは考えにくい。だが、俺はそんなの関係なく、好きになったら好きだと伝える気でいる。それを許してくれて、フラれたとしても気まずい関係にならないのが伊桜だから。
「隠し事されてる気分で、既にデメリットを受けてる気分ではいるけどね」
「それは仕方ないだろ。何もかもを教えることは出来ないし。プライベートだってほしいだろ」
「それは確かに」
「いつか知るんだから、その時まで気長に待ってればいいさ」
「何か含みのある言い方に違和感しかないけど、それがもしデメリットだったら、絶交ね」
「それは……まぁ、その時による」
絶対とは限らない。もしかしたら告白されて嫌だと思うかもしれないし、伊桜に好きな人が出来たらその時は離れるのも仕方ない。受け入れたくはないが、好きだからこそ応援したいので、離れるのも視野に入れている。
こんなこと言って、余裕あるのも今のうちだ。いつか好きになった時は、それこそ恋は盲目の意味を理解して、落ち込んでいる俺を鏡で見るだろう。その時に笑ってくれる友だちがいつメンだと思うと、少し温かくて、笑って貶されそうで複雑な感情になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます