第97話 お久しぶりです

 林間学校を終えて、次は何か。もう学校行事は満足だった。一旦休暇を挟んでも良いんじゃないかと、伊桜からの誘いに頷いた。


 連絡が来たのは一昨日の話だ。2日後に俺の家に遊びに行って良いかと、理由を聞いても答えてくれないまま無理矢理通され、今に至る。ピンポンと訪問を知らされ、その相手が伊桜なのは感じた。


 秋に入って涼しくなり、冷たいへと移行される今日10月25日。俺は快く扉を開けた。


 「やっほ」


 片手を上げて軽く挨拶をする伊桜。白のブラウスにライトグレーパンツ。ネイビージャケットを羽織る姿は、その容姿に相まって完璧だった。陰キャを演じることもなく、これが本当なんだと久しぶりに見せてもらって、思わず言葉に詰まった。


 「……久しぶりだな。本物さん」


 「久しぶり。見慣れないでしょ」


 「まだな」


 林間学校から考えるようになった好きについて。実は林間学校の帰りのバスで、伊桜が寄り添って寝ているのに気づいた。その時もいつもと変わらず、「幸せ」程度にしか思わなかったが、意識すると頬が熱くなったりもした。


 近づいてるのは分かるんだけどな。


 「さっ、入ってごゆっくり」


 「どもー」


 「あっ、それは持つぞ」


 「大丈夫。重くないし」


 「了解」


 遠慮されたら1度で了解する。2度目は無意味だと知るから、これも阿吽の呼吸のようなもの。理解はお互いにし合っている。


 それにしても今までに見ない大きな手荷物。両手に提げていてもおかしくない大きさで、泊まりに来たと言っても過言じゃないほどだ。


 気になるが、どうせ後で聞けるし良いかと、今は室内に入れることを優先した。


 それにしても、相変わらず20cmほどの身長差は可愛らしい。唯一の可愛らしい点だが、愛おしくて癒やされるというか、なんというか。とにかく可愛かった。


 「可愛いのは花染さんの方だよ。私じゃ勝てない」


 「何も言ってないけどな」


 「感じた。見られてると思ったし、だいたい考えてることも分かるよ」


 「なるほどな。大正解だけど、嬉しいか?」


 「当てたのは嬉しいけど、花染さんより可愛くないことを否定しないのは悔しい」


 「素直だな。俺は伊桜の方が可愛いと思ってるぞ」


 「怪しいけど、信じてあげる」


 後付と思われても仕方ない。しかし、これは本当だ。花染は常に可愛いのに対し、伊桜は時々可愛い。ギャップに弱い俺は、当たり前のように伊桜の可愛いが好きだ。


 多分、ギャップなくても、この関係性的に伊桜なのは絶対なんだけど。


 それらを部屋前の通路でして、リビングへと続く扉を開く。


 「お邪魔しまーす。久しぶり我が家」


 「いつから家族になったんだよ」


 「この瞬間。天方は私の弟か召使い」


 「夫以外認めません」


 「なら夫になる?」


 「……さぁな」


 「ふふっ。逃げるなよー」


 入って早々に茶化される。慣れはしないが、やはり青泉の残した爪痕が響く。伊桜に対して、好きという感情をからこそ、慎重になる俺が居るのだ。不思議な話だ。好きになりたいから落ち着くなんて。


 「おっ、私の化身が居る。夏休みに別れてから、全く位置が変わってない気がするけど」


 自由人だから、次から次にはしゃぐ。俺の家に来れたことが嬉しいのならいいが、なんであれこの陽気な伊桜を見れるのなら満足だ。


 伊桜専用クッションを抱きしめて、1人ワイワイするのは子供のようで、最近おとなしく眼鏡を掛けた伊桜ばかりだった俺の目には癒やしだった。


 「ほとんど触れてないからな。多分まだ伊桜の匂い残ってるんじゃないか?」


 「流石にないでしょ。もう2ヶ月は経ってるんだから」


 「だな。毎日伊桜と思って抱きしめてたから、消えてるのも当たり前だ」


 「もう使わなくなるけどいい?ゴミ増えるよ?」


 「そんなことで捨てるなよ。汗だくのソファに寝転んでたんだし」


 「冗談だったんでしょ?」


 「さぁー、どうだろうな」


 「……信じてるからね?」


 「ははっ。大丈夫大丈夫。汗かいたらどこにも座りたくない性格だから」


 懐かしくも思い出す。夏休みに冗談を言って飛び跳ねた伊桜を。あれから早くも2ヶ月が経過し、仲も良好で深まり続けている今、どう成長しているのだろうか。それが分かる今日なら、少しは悩みの解決になるだろうが。


 飲み物を出そうと冷蔵庫を開けると、伊桜はテレビをつける。以前静かが嫌いと言っていた俺のことを、覚えていたのなら嬉しい。


 ソファに座ると、体を横に倒すのは癖なのだろう。遠慮なくソファを独り占めしている。


 「ほれ。自由人の好きそうな飲み物だ」


 果汁100%のフルーツジュース。


 「ありがとう。結構好き」


 「良かった」


 嘘じゃなさそう。たまたまだったが、好きな飲み物が分からない時は、適当にフルーツジュースでも出しとけば何とかなるという、偏見で正解なのは申し訳無さがある。


 「美味しい。マンゴーの味が強い気がする」


 「よく分かるな」


 「うん。適当」


 「なんだよそれ」


 「信じそうだったから言っただけ。見事に私の味蕾が優秀だって信じたね」


 「伊桜のことはなんでも信じるようになったんだよ」


 「そうなの?嬉しいけど、騙されても怒らないでね」


 「それは頷けない」


 多分、こんな意味のない会話をするのは、付き合う前のドキドキを味わう人たちには出来ないだろう。相手に好かれようと頑張るのが当たり前の状況に、俺は、俺たちらしさを求めて淡々と会話している。これが好きに繋がるかは、まだ分からないままだ。

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