第95話 最後に残す

 内容の濃かった1日目の林間学校を経たら、残るは学校に戻るだけだった。細かく言えば、昼までに宿の掃除をしたが、何の特別もなく、ただ千秋と蓮と遊んだだけだった。


 行きも帰りも1時間半のバスの中。好き嫌い分かれるが、俺は好きだった。黙って寝れるし、うるさくても気にしない俺は、話を振られることもないので自由時間のようなもの。


 まぁ、それは隣に選ばれたらの話。いつメンに絡まれたらそれはおしまいだ。だから俺はバス中でいつメンが隣同士に乗るよう、後ろに気配を消して並んでいた。


 次々に人が入る。奥から詰めていくため、真ん中の俺は必然的に真ん中になる。狭いバスの中を蓮に付いていきながら進むと、やっと座れると、蓮たちの前の席に座った。窓側を獲得出来たのは僥倖だ。バックを足下に置いて、早速リラックスする。


 隣は誰でも良かった。どうせ会話をする人じゃないだろうし、黙って寝れるだろうと安心していた。しかし、幸運はこの時のために取ってあったらしい。


 「隣座るよ」


 「ん?ああ、どうぞ……」


 もう瞼を閉じていたから、反応があやふやになってしまった。女子の声。それは分かって、誰なのかも、もう分かった。


 「……マジ?」


 「マジ」


 思わず顔を見合わせて問うた。伊桜と隣なんて、寝れるわけもないというのに。小声のやり取りに、既に騒がしい千秋たちには聞こえてない。


 「窓側座るか?」


 「いいの?」


 「いいや?許さん」


 「2度と聞き返すな」


 「嘘嘘。全然座っていいから」


 「どーも」


 昨日の肝試し以来でも、久しぶりに感じるこの会話。常に会話していたいという欲がそう思わせているのだろう。告白されて意識しようと思い始めた恋。未知に踏み出したばかりの俺には、心地良さなんて当たり前で、もっと強めの刺激が必要だと感じた。


 「後ろ狙って来たのか?」


 「いいや、偶然だよ」


 「嘘っぽいな」


 「そう思った方が幸せなら良いんじゃない?都合のいい頭だけど」


 「それは昔からだし、そう思うか」


 バックをせっせと置いて、足を伸ばせるように縦にしていた。それはいいなと、俺も倣うように縦に置き直す。


 「林間学校はどうだった?特に肝試しは」


 伊桜に青泉とのことは話していない。勝手に話して、迷惑をかけたくないし、こういうのは勇気を出して言ったこと。人に言いふらして自慢することでもない。


 「肝試しは結構充実した。色々と学べたからな」


 「何を?肝試して何かを学ぶことってあるんだね」


 「肝試しだからってわけでもないけどな」


 「叫び方とか?後ろから何回も聞こえたよ。2人の叫び声」


 「大収穫じゃないか。滅多にあんな叫び声聞こえないから、ラッキーだな」


 「別に。天方の家に行けばいつでも聞けるでしょ」


 「確かに」


 忘れ物以降、入ったことでカウントするのなら夏休み以降、俺の家に来ていない伊桜。最近はその面影すらも薄れて、寂しいとも感じなくなっていた。問題点はないのだが、せっかく秘密の関係を築いているのだから、もっと遊びたいとは常日頃思っている。


 「まぁ、楽しかったなら良かった。嫉妬するけど、天方がハイテンションなら私も嬉しい」


 「一心同体かよ。ちゃっかり嫉妬はしてるんだな」


 「結局構ってくれなかったからね。事情はあるけど、それでも悔しい」


 青泉の告白のことを知っていたわけではないだろう。その上で、伊桜にも何かしらの事情があったのは気になる。しかし、俺も隠し事をしているのだから聞けない。


 「だから、近いうちに天方の家に遊びに行くよ。その時は私しか部屋に居ないし、構ってくれるでしょ」


 「強制的ってやつだな。スマホの2倍は構えるぞ」


 「期待大です」


 「いつでも待ってる」


 いつかは、こうして約束せずに、不意に家に来てくれるような関係を築きたいと思う。贅沢だが、それくらいの理想を抱くほどに、俺はもう


 「ありがと。何をするかもその時のお楽しみー」


 「別にすること決めてなくても、何かしら思いつくだろ」


 今までは何をするかを決めて、遊ぶ約束をしていた。今回は伊桜からの提案なので、一切決めていない。


 「料理教室とか開いてくれるのかな?」


 「それは無理。教えれるほどの技量はない」


 「期待してたのに」


 「いつか、だな」


 料理は苦手だ。人に食べさせれるような料理は作れたことがない。自分さえ良ければいい精神なので、人に食べさせることには向かない。いつか、というのも逃げだ。


 「いつか、か。その時までこの関係で居られるといいけど」


 「怖いこと言うなよ。どんなことあっても、居られると思うけどな」


 「同じでーす」


 少し崩れた伊桜。眠気が体を襲っているのか、正常ではないのは確か。


 「昼から眠そうなのは、昨日寝れなかったからか?」


 「いいや、相性良い人の隣だと落ち着いて眠くなるって言うじゃん?多分それ」


 「なるほどな。だったら俺も眠いの納得する」


 欠伸は連発している。バスはまだ出発しないが、早くも寝てしまいそうな雰囲気。ここには何人もクラスメートがいて、すぐ後ろにはいつメンが4人、通路で遮って並んでいる。寝てはいけない気がしたが、そんな正常な思考は出来なかった。


 「眠っ」


 カーテンを閉めて、陽光を遮る。少しだけ暗くなるバスの中、空は雲が6割埋めていて、それなりに元々が暗い。暗くて落ち着く。この2つに眠気を誘われ、伊桜はウトウトしはじめる。寝付きが良いタイプらしい。俺のことなんて知らず、ゆっくりと肩に倒れる。


 「肩借りるよーん」


 ボソッと、眠気を誘うその柔らかい声音に、俺も影響される。肩に何かが触れる音がした。同時に、使ったトリートメントの匂いだろうか、それが鼻腔を擽った。


 朦朧とする意識の中でチラッと覗くと、俺の左肩に――そっと頭を載せた伊桜がそこには居た。

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