第94話 ここからが本番

 「まず先に言うけど、俺は好きが何なのか分からないんだ。初恋もしたことないし、友達から耳にする好きも、体験したことないから共感出来なくて。だから、この先どうなるか分からないから、好きになるとは言えない」


 大前提として、好きとは何か、その俺の中の定義が決まるまでは何とも言えない。関わって楽しい。それならば俺は何人に対して恋愛感情を持ってることになるか。


 男女の壁がなくて、接し方も変わらないからこそ、それは曖昧になっている。恥ずかしいとか、照れるとかの感情は平等にあるし、飛び抜けて誰かに抱く感情もない。


 いや、1人居るか。しかし、その1人も遊びたいや、関わりたいと思うだけで、触れたいとかは思わない。特出するのは未だ誰もいない。


 「好きが分からない……。何となくそうとは思ってたけど、本当だと困っちゃうね。その好きの方向を私に向けないといけないんだから」


 「そうだな」


 まさか人に好かれることがあるとは。今まで告白されたことなんてなかったし、人から好かれることをしてきた覚えもない。ありのまま生きてきて、そんな俺を好きになってくれるとは、むず痒くて苦しい気持ちが混ざり合う。


 「でも、予想外じゃないのは良かった。まだ好きな人も居ないってことだから、これからチャンスはあるってことでしょ?」


 「どうだろうな。好きって言われても、意識するかは別問題。いつもと変わらない日々が続くようなものだからな」


 避ける。俺はその言葉が来ることを予知していたかのように、少し強めに跳ね飛ばす。酷い行為だと分かっていても、咄嗟に出た本能的なそれは、夏休み前の思いに触れられたくない一心で飛び出た。


 「好きが分からないとそうなっちゃうのか……困ったね」


 「悪いと思う。好かれたこともなかったから、何とも言えないんだ」


 「……諦めて、友達として側に居ろってことなのかな」


 「それを決めるのは青泉だな。青泉の自由を俺が奪えるわけもないから、俺は何も言わない」


 好かれたくないとは言わない。けど、好かれることはことだと、俺の中ではもう決まっている。


 それはこの先、何かしらの感化される大きな出来事が起こらない限り変わらない。決めたことでも曲げる性格の俺が、唯一曲げたいと思わない決めたこと。それを胸に、少し青泉との心の距離を離す。


 出来るだけ傷つけたくはないけど、そうすることでも傷つけてしまう。葛藤だ。多分、日本の中では唯一の捻くれた考えで葛藤。


 「天方くんが恋を知った時、その時は、多分私じゃない可能性が高いよね」


 「そうか?」


 「だってそれだけ振り向かせて、恋を教える人なら、長い付き合いが必要になると思う。今の私だと、刺激があるだけでやってることは天方くんの友達と変わらない。特別を教える存在じゃないと無理だから」


 淡々と話すのに、ギュッと胸を締め付けるような苦しさを感じる。多分その倍以上、青泉は苦しいだろう。自分で自分の可能性がないと言っているのだから、どれだけ辛いか。


 「恋は焦ったら負け。忘れてたよ。流石に勝てない相手と競うんじゃなかった。つれぇよぉ」


 「……笑っていいのか分からないんだけど」


 「笑ってほしいんだよ。正直悲しくてつらいけど、今はまだ笑ってたいから。泣くのは家に帰ってからってことで、これからは密かに天方くんを狙う刺客として側に居させて」


 強がっても、体のどこかに現れる。涙を出さないように、拳を握って堪える。悲しさを見せないために、普段よりも口角の下がった笑顔を見せる。どれも初めての体験で、共通したのは苦しいこと。


 「流石に真剣な恋をしてくれたのに心の底からは笑えない。青泉も俺を好いてくれたんだからな。でも、側に居てくれるのは嬉しい。青泉と話すのも、青泉を驚かすのも楽しいからな」


 「え?泣くよ?本当に泣いちゃうよ?優しい言葉はNGなんだから」


 「そうなのか?」


 「分かんないけど。それに、優しい言葉を伝えようと意識したわけでもないだろうから、気にしないで」


 内側に秘めた思いは、俺にはどれほどか知り得ない。けど、青泉が無理して笑ったりした先程から、今、明るくなりつつあるのは分かる。曇りだす心が晴れたように、青泉の元気で陽気な本当の姿がそこにある。


 きっと俺とは会うタイミングが悪かった。周りに美を集めた女子に囲まれ、当たり前と思った生活に突如として入り込んだダークホース。打ち上げや林間学校を楽しく盛り上げ、記憶に刻んだその貢献は、いつメンだったら好き寄りになっていたかもしれない。


 花染と華頂では、こんなハチャメチャなことは起こらない。だからこそ、いつメンだったら、そう思ってしまうのは当然のように仕方なかった。


 ほんの少し、ほんの少しだけ悔やまれる気持ちがあるのは内緒だ。


 「それじゃ、タヌキの置物も怖くてムカついてきたし、早く戻ろ」


 そう言って手を引っ張る。強引に、俺が嫌がらないことを確信して。


 「そうだな」


 多分俺が変わったのはこの時だ。好意を伝えられて、自分の好意に敏感になった。人をどう思うのか、どうしたら幸せを掴めるのか、試行錯誤を始めたのはこの時だ。


 青泉は教えてくれた。傷つくことで教えてくれた、最高の友人だ。当初からの俺の願い。青泉を傷つけてしまう絶対の理由。それに一歩、いや、二歩も近づけてくれただろう。


 俺は――好きになるなら伊桜がいい。

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