第91話 嘘かよ

 「やっと私たちの順番だね。結構待ち時間長くて退屈だったよ」


 心の中で頼りにされてることなんて知らず、青泉は笑顔で迎えてくれる。仕事への不満はあっても、愚痴を溢すように性格が曲がってないのは善人の証拠。花染の友人なだけある。


 「さっき、伊桜さんと何話してたの?」


 間も開けず、聞きたかったのはこれだと質問する。


 「俺が怖いの無理って話だな」


 「えっ、天方くんってそうなの?意外なんだけど」


 「だからこの企画を考えた青泉を呪う」


 「呪わないで。林間学校で、森の中っていったら肝試しをしたい欲が出てくるでしょ?」


 「ドMな世界線の俺なら出てくるけど、残念ながら暗闇が苦手な俺なので出てこない」


 パラレルワールドの俺ならば、今頃おばけなんかをバカバカしく思って、青泉の心強いパートナーになれていたのだろうか。もしそうなら、林間学校だけパラレルワールドと代わりたいものだ。


 「確かに。苦手なのは意外だけど、私も怖いの苦手ならそう思うよ」


 「青泉が暗闇に耐性あってよかった」


 「だね」


 そして、知ってる人でよかった。無関係の人と気まずい雰囲気の中で肝試しは、余計に恐怖に包まれる材料でしかない。それを避けれたのは運が味方してくれたおかげだな。


 そう話している途中。後ろから伊桜と熊埜御堂がやって来る。さっきと何も変わらない伊桜の偽りの表情。熊埜御堂は今眠いのか、欠伸を連発して待っていた。


 「残り20秒で伊桜さんと熊埜御堂さんね」


 「うん」


 「うぅ……眠い」


 「ふふっ。途中で寝て、伊桜さんを困らせないでね」


 「頑張る」


 青泉とは仲がいいらしい。眠そうなのも大正解。記憶に熊埜御堂は居ないが、学校では授業中に寝るのが安易に想像出来る。それほど、第一印象がしっかりと決まった。


 「それじゃ19組目、2人とも出発ー。迷子にならないようにね」


 「行こうか、伊桜さん」


 「うん」


 伊桜と会話することもなく、「うん」だけを聞いて見送る。アイコンタクトをすることもなく、まあまあ仲のいい関係だと思わせるには十分だった。


 1分半のインターバル。残された最後の組である俺たちは、次を待つ。5組目が戻って来たりと、ぞろぞろ恐怖から抜け出した人たちが広場に揃う。悲鳴も聞こえるし、怖かったと口を揃える女子も居る。見てるだけで鳥肌が立つのは、恥ずかしくも俺だけだ。


 「最後って怖いよね。後ろ誰も来てくれないから、迷子になったら助けに来るまで時間がかかるし」


 「青泉呪っていい?始まる前からビビらせるのは許さんぞ」


 「いいの?私を呪ったら天方くんを助けてくれる人はいなくなるんだよ?怖い怖い」


 「パートナー変更を申請する」


 「残念。最終組だからそれは無効だよ」


 「鬼だな」


 明るくて、場を盛り上げてくれる人にはいつも尊敬と感謝をする。しかし、今回ばかりは逆だ。尊敬なんてしないし、感謝とか、ビビらせるのに付き合う俺にしてほしいくらい。いじわるをする性格なのは花染もそうだから理解はある。それでも恐怖に恐怖を重ねられると、頼んだ相手を間違えた気分になる。


 「ふふっ。やっぱり天方くんと話してると楽しい」


 「……いじめられてるだけなんですけど?」


 「反撃待ってるよ」


 「優男だから反撃しない。青泉が楽しかったら、それでいい」


 自分よりも、誰かが楽しければそれで満足だ。1番懸念するべきは、自分が楽しんで、誰かが楽しくないこと。1番求めるは自分も誰も彼もが楽しいこと。しかし、全員が同じ価値観を持つわけでもない。だから俺は、いつしか自分を優先度最下位に置いて、誰かが良ければそれでいいと思うようになった。


 まぁ、今は俺も皆も、楽しんでるっぽいからいいけどな。


 「天方くんはどう?」


 「楽しいよ。だから、出来れば肝試しも楽しませてくれると嬉しい。俺だけじゃどうしても楽しいとは思えないから」


 トラウマを持つ者は、簡単に恐怖には打ち勝てない。サポートがあってやっと、克服に至る。完璧ではないこの恐怖感に抗うためには、それしか方法はない。他力本願で肝試しだ。


 「そっか。良かった」


 チラッと見ると、ガッツポーズをしたようにも見えた。明かりも届かない、薄暗い場所だから確かではないが。


 「よし、時間だから行こうか」


 「うわー、マジか」


 一気に込み上げる嫌悪の感情。暗闇に好んで入るのは、これが最後であることを願って歩き出す。パキパキっと、折れた枝を更に折って、木の葉の千切れる音も騒がしく鼓膜に響く。


 「距離はそんなにないから、ササッと行って終わろうよ」


 「足が付いて来てくれたらな」


 震えだす寸前の両足。人の手を握って落ち着きたいという気持ちがよく分かる。しかし、伊桜から頼まれたから、俺からは繋がない。本当に木の幹でも抱きしめるしか方法はない。


 嫌と思いながらも、終わるには先へ進むだけ、上に向かうだけしか答えではない。従うように歩き、風に靡く髪をすらも驚きの対象となる。


 「どう?現段階での怖さは」


 「マックス。常に最大だな」


 「ははっ。めちゃくちゃ分かる」


 明るかった青泉が、急に落ち着いた。また巫山戯るのかと思ったが……。


 「ホラー映画とかさ、どうなるか予想つくじゃん?だから楽しんで見れるけど、肝試しって本当に苦手なんだよね……」


 「はぁ?!今になってそれ言うのヤバいって!」


 天方隼。ここに来て恐怖が限界までやってきた。

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