第92話 驚かせるな
手遅れにもほどがある。青泉に絶対的な信頼を置いて、俺は今ここに立ってるというのに、それを裏切るかのようにカミングアウト。一瞬にして体が冷えた気がした。
「行けるかなって思ったの!」
「自信過剰は肝試しじゃ許されないやつだろ!」
「ごめんね!驚きながら言われると恐怖感に駆られるからやめてぇ!」
「ヤバいって!」
下にいるクラスメートに聞こえるか聞こえないかの声量。俺も久しぶりに自分でもうるさいと思う声量で驚いている。青泉の言うように、人が驚いて不安になる様子は感化されやすい。しかし、どうしようもないのだ。驚かないと、自分を保っていられなくなるほどの恐怖が身を包んでいると勘違いしているのだから。
「落ち着こ!1回落ち着こう天方くん!」
「分かった!分かった……よし、深呼吸な?ふぅぅ……」
肩を揺すられてやっと落ち着く。冷静で居られる人がパートナーで良かったと思うと同時に、恐怖を与える人がパートナーなのは後悔した。
運、良いのか悪いのか……。
「大丈夫?歩ける?」
「歩ける歩ける……怖すぎるな……ははははっ」
「おかしくなってるじゃん……つられて笑うからやめてよ」
「ごめんごめん。もうおかしくて笑うしかなかったんだよ。取り憑かれてたりしてな」
「ちょっと!やめてって!無理無理!」
少しずつ反撃するが、もう吹っ切れた俺は逆に恐怖が薄れてきたように感じる。取り憑かれてるんじゃないかって、本気でも思ってる。もう脳の指示に身を任せてるような感覚だ。
「やばい、青泉。なんか体がおかしいんだけど!うっ……ヤバい、青泉……!」
「えっ!何々?!次から次に何ぃ!?」
「全然嘘」
「バカがぁぁ!!!」
今の精神状態だと遊べると思って、自分に被害があっても関係なく演技をした。そしたら返ってきたのは怒鳴り声だった。しかも耳元だったので、結構響いた。
「はぁぁ?!頭おかしいんじゃないの?!怖がりのくせに何してんの!!」
「いや、あの……おかしくなって限界で……」
「人間が1番怖い!あり得ない!最低!」
「本当に申し訳ないと思ってます」
「許さないからね?あぁ、もう怖かった!」
「めちゃくちゃ怖かったな」
「天方くんがね!ホント、意味分かんないんだから」
今後驚かすのは止めよう。人の恐怖を煽ると、結論、人間が1番怖いという結果になるのは確定なのだから。戻ったら反省として、何かを命令されても拒否は出来ないな。
あまりの恐怖に膝を曲げるほどだった青泉は、拗ねながらも立って深呼吸をする。何度しても変わらない気持ちに不満を持ちながらも、切り替えには成功した様子。
「もう何も怖くなくなった気がするよ、ありがとう」
呆れて、俺のことを嫌いになったように吐き捨てる。関わり始めてまだ短いのに、いつメンのノリをするのはよろしくなかったかもしれない。距離感は大切にしないとな。
「先に進もうか。多分、下の人たちは皆、私たちに何が起きたかを気になってるだろうし」
「確かに。今から駆け上がって来たりするかもな。人間が」
「最後に含みを入れて人間とか言わないで。実は怖いの大好きなんじゃないのか疑わしいよ?」
「だったら名演技だろ、これまでの」
過去の出来事を知らないから、疑心暗鬼になるのは当然だ。
「行こ。はい、罰として手、手を繋いで」
右手を出してグーパーと繰り返す。顔はこっちを見ておらず、怖さ凌ぎのために仕方なくするのがよく伝わる。そんな嫌な思いしてまで恐怖から背を向けたいとは、さっきがどれだけ嫌だったのか理解出来る。
「そうだな。その方が安心するもんな」
「ありがと」
そっと重ねる。思ったより冷たくて、取り憑かれたのが本当かと過ってしまうと、頭の中で謝罪する。青泉はふふっと笑ったようで、先程までの嫌悪感は消え去ったらしい。
「笑顔になると、何か企んでるように思えるんだけど」
「そう?今はそれでもいいよ。私は天方くんと手を繋げればどうだってね」
「そうか?青泉がそう言うなら良いんだろうけど」
「うん。ここじゃなくて、もう少し先に行かないと、私も色々と事情があるからね」
「……少し先?マジで怪しいんだけど」
「大丈夫。鈍感な天方くんに大ダメージ与えるだけだから」
過去1番気にさせる言い回しだ。答えは教えないけど、近しいことを言ってモヤモヤさせる。先に進んでその答えを知りたいと、俺の脳は言っていた。それが良いことでも悪いことでも、俺にはメリットになる気もした。
「それ、やり返しってやつ?」
「どうだろうね。さっき驚かせたやり返しかもしれないし、違う、天方くんには難しい話かもしれない」
ニヤニヤと、更に気にさせる。それに釣られて、俺も知りたい欲が溢れる。
「スタートラインに戻ろうかな」
「それは文化委員として許しません。知りたいなら早く先に行こうよ」
「ダッシュしていいやつ?」
「追いつけないし、危ないし、怖くなるからダメ。手を繋いでるんだから、優しくしてくれないと」
恐怖よりも、既に気になることで頭の中は埋め尽くされていた。考えることもそれに割かれていて、肝試しどころではなかった。何が始まるのか、それは鈍感と言われる俺には、そう簡単に理解出来ることでもない。そもそも、理解出来ないと思ってるから、こんなにヒントを出しているのだろう。
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