第89話 おまじない
やっと目が合い、俺に無理難題を押し付けてくる。
「おまじない?ビビリがビビリにおまじないしても変わらないだろ」
「それが変わるんだよ。マイナス同士の掛け算って思えばいいよ」
「無理。足し算でマイナス」
「こういう時くらい私の願いに頷いてくれてもいいのでは?」
「可愛くお願いしてくれたら」
「……やっぱりいらない。頼んだ私がバカだった」
可愛いと見られる人が、可愛いを望まない。可愛くお願いは出来るのだろうが、それをしたくないのは恥じらいが理由の1つでも、他にある。単に似合わないからしたくない、と。
「それじゃ俺からおまじないをかけてって頼もうかな?」
「は?私のを断って、よくそんな高飛車に来れるね。無理無理。絶対に何もしないよ。さっさと肝試し行って、迷子になって戻ってくるな」
「わぁお。鋭利だな」
「普通」
全く普通じゃない。少し機嫌を悪くしようと、おまじないをかけるのは断ったが、これは逆に俺への大ダメージだ。
「仕方ないから、優男がおまじないをかけてあげよう」
「私の機嫌取り?」
「それも1つの理由だけど、単に伊桜のお願いは珍しいと思ったからいいかなって」
これは俺が始めた思い出作り。俺が誘うことがほとんどで、付き合わせてると言うのが正しい。だから伊桜はお願いを言わないで、俺のやることに協力してくれているようなもの。頼み事は聞いてあげるのが出来る男というやつだ。
「あっそ。もういらないけどね」
「ツンツンし過ぎて引き返せなくなったパターンなら、まだ可能性あるぞ」
「……ウザいね。当てられるのが1番腹立たしいよ」
「よーし、ならどんなおまじないをご所望で?」
「おまかせで」
「デコピンでもキレない?」
「それはキレる」
真っ先に思い浮かんだのがデコピンだった。俺に出来ることは誰にでも出来る。だから特別感のあるおまじないは思いつかなかった。伊桜とは特別を共有する仲だ。どうせなら記憶に残ることがいいのだと、俺は考えた。
「我儘な客だな。じゃ、手のひら向けてくれ」
「……え?手のひら?」
こうしろと、右手を広げて見せると、伊桜は思ったよりも驚く。
「本当に?」
「本当だけど?何か嫌なことでも?」
「いや、天方って抵抗あるんじゃないの?」
「えぇ、バレてたのかよ」
この【?】が何個もつく会話で、俺はいつの間にか敗北していた。自分では上手く隠せているつもりだったが、一緒に居る時間が長いと、こうもあっさり見破られるのかと、驚きを隠せない。
「やっぱりそうだったんだね。だとしたら、打ち上げの時に背中に乗ったのごめんね」
「いや、伊桜なら気にしてないぞ。友達に乗られて気分悪くするとかないだろ?」
「えっ、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
無意識か、俺の右手をパチンと叩いた。機嫌悪かったのに、今では口角上がりまくりの口も開きっぱなし状態だ。分かりやすくて可愛い。
「私だけ許してくれてるの?」
「いや、最近は花染とかも気にしないな。華頂も青泉も、別に一線引いてるから触れられるのは大丈夫かなって」
「なーんだ。私だけじゃないなら機嫌悪いままでよかった」
「それは悪かったな。ついでに聞くけど、俺から触れられるのは嫌なことだったりする?」
「そうだったらおまじない頼まないし、家にも行かないよバーカ」
「最後余計だけど、いいこと聞けた。ほら、早く手のひら出して」
伊桜からの「バカ」は久しぶりだ。実は遠慮なくても口が悪くなることはそんなにない善人な伊桜。普通なら悪口に捉えられて聞こえる「バカ」も、可愛らしさを表現する材料になり得るのは聞く側として良い。
「はい」
投げ捨てるように手のひらをポイッと出してくる。注射が嫌いで、見てられないというような子供のようにそっぽを向く。今日はクール要素が少ないのは意図的か。自然と笑みが溢れる。
「何するの?」
「名前を書く。おまじないなんて名前書くだけで十分だからな」
言いながら伊桜の右手を掴んで固定し、俺の右手で俺の名前を書く。【隼】と丁寧に手のひらに。文字は浮き出ないが、おばけに取り憑かれないよう念は込めた。
「はーい、完璧」
「くすぐったいね。ゾワゾワした」
「弱いんだな」
「変なこと考えてるでしょ」
「それは伊桜が考えたから俺も考えてるって思ったのか?類友だからって、そこまで同じとは思うなよ?同じだったけど」
「はい変態。触れられたことが不名誉だよ」
「はいはい。ツンツンするなよ。せっかく書いてやったんだから」
嬉しいことがあると素直になれないのは知ってること。バレてると知っていても尚、伊桜はデレることはない。プライドがあるのだ。伊桜なりの、特別なプライドが。
「今度は私が書いてあげるよ」
「結局伊桜も高飛車じゃないか」
「素直になれないだけだよ。ほら、見せて」
「素直になれないことをはっきり言うの、多分クラスで伊桜だけだな」
実は伊桜について分からないことはまだたくさんある。素直になるタイミングとか、機嫌悪い時とか。課題点だが、それすらも楽しく探せる間柄なのは心底嬉しい。
1組目が戻ってきて、現在15組目がスタートしている。伊桜は19組目なので、まだ時間は残っていた。長く感じないこの時間。それでも仲の深さ故に、楽しく言葉を交わせるのは伊桜だけだった。
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