第85話 協力依頼
時は遡り、行きのバスでのことだ。私はその時、ちょうど同じ班の青泉さんと隣に座っていた。その前に座るのが天方で、班で座るわけではないが、3人固まっていた。
そんなとこで、最近好意に芽生えた青泉さんは、お構いなく私に向かって言い始めた。
「ねぇ、伊桜さん」
一応小声で、宝生くんと隣で話し合う天方には聞こえない声量。コソコソと、何を言われるのか分からない私は、天方のことなのかと、グッと何かを堪えた。
「何?」
少し冷たく吐き出したかもしれない。打ち上げの時の青泉さんが思い返されて、どうしてもムッとなった自分が居た。しかしそれすら気にしない、いや、気に出来ないほど惚れた青泉さんは答えた。
「伊桜さんって天方くんのこと好き?」
「……いや、そんなことないけど」
何を言い出すかと思えば好きか嫌いか。正直めちゃくちゃドキッとした。何かを探られた気がして、私の奥底に沈む気持ちを汲み取ったような質問に、そうせざるを得なかった。何よりも、咄嗟に出た言葉は、間違いではないものの、違和感を残した。
「そっか。ならさ、私が天方くんと話せるように協力してくれない?」
我ながら賢いことは知っている。だから、好きか聞かれて違うと答え、次に何が聞かれるかなんて簡単に分かった。誰も彼も、この歳には恋愛だ。
分かってる。恋愛感情もないのなら、協力するのが優しさなんだと。でも、それは天方と過ごす時間が減るということでもある。友達と楽しむことを知ったばかりの私に、それは嫌な提案でしかなかった。
けれど。
「……いいよ。何すればいい?」
答えは1つだった。この答え以外に、私には答える勇気はなかった。ここで嫌と答えれば、恋愛感情があると認識されるのだから。そうなれば、注目は免れない。
人前で、天方と少し話すだけの仲と思われるのはいい。だけど、天方を好きで仲良く話そうとしていると見られるのは、注目を浴びてしまう。だから無理だ。私は元々行動範囲が狭い。演じてるから仕方なく、自業自得だとしても、それは苦しい。
演じる私……か。
今はまだ拭えない理由。過去を忘れられるなら偽らないのに。
「伊桜さんに話題振られたら、私にも振ってほしいかな。多分それくらい。多くは求めないよ」
「それなら何とか出来そう」
青泉さんと花染さんと華頂さんじゃなければ、私はきっとこの頼みごとにニヤニヤしながら頷いていた。興味のない女子には見向きもしないのが天方だってよく知ってるから。
何故こうも顔の整った可愛い系の女子ばかり天方の興味ない女子から外れないのだろうか。私のことが嫌いなのか。悔やまれるがどうしようもない。
「ありがとう。いつか恩は返すから」
「これくらいは普通だから、恩ってほどじゃないよ」
「でも、気を使わせるの申し訳ないよ」
なら今すぐ天方に近づこうと言ったことを前言撤回してほしい。なーんて言えるわけもなく。
「そう?じゃ、困った時に何か頼むよ」
「うん。出来ることならなんでもする」
性格も良い子だ。私とは大違い。天方との時間を確保しようと、蹴落とすことばかりを考える私よりも、何倍もましだ。
私には焦りがある。それは明確で、私にしか分からない。何の焦りか、それは間違いなく距離感と時間の焦りだ。
最近は私と出会う前から近かった天方といつメンの距離が、更に近づいている。花染さんは夏休み明けから積極的に関わるようになり、つい最近では打ち上げ後に一緒に帰宅していた。2人で帰宅するのは初めてじゃないけど、好意を持ってる人との2人は意味が変わってくる。
そして青泉さん。花染さんに似たタイプで、彼女もまた攻める人だ。打ち上げで距離を縮めて、今では飯盒炊爨から接触という考えも立て始めている。
聳え立つ壁が摩天楼のようだ。素顔を出さず、裏でコソコソと動く私に対して、陽の光を浴びながら輝かしくも秘密なく接近していく2人。近づく速さに違いがありすぎる。
このままでは楽しい時間が削られる。妨げたいけど、それは最低だ。嘘を言って、裏からそれを妨害する。気持ちだけ持つのはまだ良くても、実行は流石に人として許されない。
今日は……厳しいかな。
――さて、そんなふうに困りに困らされるスタートだったが、まだ序の口だ。今は飯盒炊爨も終えて、暗くなり始める森の中で、誰もが今日1番楽しみにしていたことが始まる。
「はーい!みんな集まったかな?これから待ちに待った、肝試しのパートナー決めを始めるよー!」
全く待ってない。怖いのなんて心底嫌いだ。どうして人は暗闇の中に入って行きたがるのか、私には理解出来ない。そんな、私にとって嫌悪感に塗れた肝試し。パートナー決めということは、そう、2人で行うということだ。
「箱の中に同じ数字を2つずつ入れてるから、適当に取って同じ数字の人がパートナー。同性同士異性同士、組み合わせは色々だから、好きなように引いていってー!」
こういうのは味方されるのが私。今まで青泉さんのために動いた私を労うために、多分ここでは天方と同じ番号を引かせてくれるのだろう。
私は木に背を掛けて、最後にでも引こうかとその時を待った。次から次に手を伸ばして番号を選ぶうちのクラスメートたち。序盤に引いた天方と同じ番号は、私が動き出すまで出なかった。
けど、そこまで。
箱に手を伸ばし終えて、私は思った。
どうやら、林間学校中に神は味方してくれないらしい、と。
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