第84話 横の違和感

 ――「ほらな?玉ねぎどこ行ったんだよ」


 おたまでぐるぐるとルーの中をかき混ぜながら言う。見えるのはにんじんとじゃがいもと牛肉だけ。それ以外は何も入れてないように思えるほど見えなかった。


 「まぁ、栄養素は消えないだろうから、別に気にすることじゃないでしょ」


 「底に沈んだのかな?玉ねぎの存在感が薄すぎるよ」


 「どうしたらこうなるんだろうな」


 グツグツと煮込んで、玉ねぎが完全に溶けるなんてことはないだろう。それでも見えてこない。元々入れてなかったと疑う他ないほどに玉ねぎは消えた。


 「お米はどう?」


 忘れがちなお米。飯盒炊爨でお米がなければ意味がない。しっかりと班別に炊いたお米はすぐそこに置かれている。


 「完璧だと思うけど。中を見るまでなんとも言えないな。もしかしたら真っ黒かもしれないし」


 「そうなったら天方くんが食べてね。私と青泉さんはルーだけか、焦げてないとこを食べるから」


 「結構準備頑張ったんだけどな。働き者がそれでいいのか?」


 「働き分は平等だから、文句言うのなしだよ」


 飯盒にお米を入れて炊き上げるまで全ての作業は俺が1人でした。そしてにんじんとじゃがいもと玉ねぎを3人でそれぞれ分けた。更に牛肉も切ったのは俺だけだ。


 ん?平等とは?


 「焦げてないことを祈るだけか……」


 「ふふっ。伊桜さんに押し負けてるね」


 「そうだな。悲しい」


 将来尻に敷かれるタイプかもしれない。伊桜の押しには、負けないと後々痛い目を見そうで、どうしても引き下がる。絶対的な圧が身を包む感じがする。


 「さっ、私たちもカレーをよそおうか」


 それぞれ、時間内に作り終えた人たちは、テーブルを囲んで食べ始めている。クラス全員で、ということはない。これは生徒たちが中心の活動なため、主軸は学校側が決めていても、その他は生徒の自由。時間厳守してくれれば、他に問題はないらしい。


 「飯盒開けるぞ。焦げてても文句言うなよ?」


 「はーい」


 言ってすぐ両手をパチンと合わせる伊桜。絶対に焦げてろという念が込められてるのをひしひしと感じる。やり返しだろうな。それを横目で捉えて、俺はゆっくりと蓋を開けた。僅かな煙がムワッと上昇すると、熱気から逸した視線をすぐにお米へと戻した。


 「よし、文句よりお褒めの言葉を貰えるレベルだな」


 「ちっ……」


 「どれどれー?おお!綺麗な白米じゃん」


 全く喜びの差が違う2人。可愛げなんて全くなくて、舌打ちをする伊桜。絶対に人気出るのは青泉だと確信した。


 「天方くん任せたよ」


 「はいよ」


 よそうのはカレーより簡単。自らカレーを選んだ青泉は、結構優しめ、若しくは料理始めると大好きになるタイプかもしれない。将来有望ってやつ。


 置かれた3つのお皿の上に、丁寧に掬ったお米たちを載せていく。簡単な作業でミスもしない。熱すぎるほどの熱量はどうにかしてもらいたいが、これもまた飯盒炊爨の特徴として受け入れる。


 「いい匂いだね」


 「少しは、手伝おうか?なんて言ってもいいけどな」


 足をパタパタさせて手持ち無沙汰だ。


 「青泉さんに言ったけど、優しく断られたから、座るしか出来ないよ」


 「あれ?もう1人班員は居るんだけどな?」


 「その役割代わってもじゃない?」


 「確かに。どうせ断ってたしな」


 「なら文句ないよねー」


 「伊桜さんが天方くんを従えてる。面白い光景なんだけど」


 俺が手のひらの上で遊ぶなら分かる。けれど、伊桜から遊ばれるのは納得いかない。だって伊桜は自分を隠している身なのに、俺をいじるように接触するのはリスキーなのだから。


 結構ストレス溜まってるっぽいんだよな……。


 「はいっと、終わりー」


 「おつかれ様」


 「疲れたー」


 と、俺たちの班がやっと終わった。最後の班かと思ったがそうでもなかった。


 「やっと終わったな。最後だぞ最後」


 「佳奈が後ろに気を取られてるからこうなったね」


 「私のせいじゃないよ、青泉由奈とかいう小娘のせいだよ」


 花染たちもほぼ同時に作り終えた。騒がしかった班と同じなのは、俺たちの手際の悪さを証明しているが、まぁ、それなりに楽しかったから良しとする。明らかに青泉のせいだが。


 「佳奈、聞こえてるよ。負け惜しみは見てられないし、こればかりは文化委員としての特権だから許してね」


 「ムカつく!なんで文化委員にならなかったんだろ」


 「はいはい。過去に嘆いても何も変わらないから、テーブル行きましょうねー」


 なななトリオも大変だ。特に華頂。楽しめてるからいいものの、俺があの立場で千秋と蓮を宥めるなら……無理だな。


 「そうだ隼くん、私たちと同じテーブル行かない?」


 「だって。どうする?」


 華頂からの提案なのは意外だ。


 「私はいいよ。円卓じゃないから、あっちの班と向かい合って食べれるし」


 悪巧みを考えている様子。女子の争いはいつだって理解不能だ。


 「私もいいよ」


 伊桜もすんなりと許可。続き続きで意外だ。


 「ってことなのでお邪魔する」


 「ありがとー」


 「ナイス姫奈」


 「本当にナイスかな?」


 「何その顔。無理にでも話すからね?」


 特に花染と青泉のやり取りが熱い。微笑ましく見守る華頂に、欠伸をして眠そうにする蓮。意味分からずそれを見る俺に、俺を睨む伊桜。


 なんで睨まれてるんだよ。


 分からず、俺たちは1つのテーブルを囲みに行った。そして俺がカレーを食べ終わる頃、まだ半分も残っていたカレーを前に言い合う花染たち。それを見て笑う俺の横では、伊桜は少し気落ちしているようだった。

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