第83話 騒がしい

 千秋に関しては、俺たちの余り物として、相変わらず可哀想な立場として他の人と組んでいる。人気者で人脈おばけなので、コミュニケーションに困ることはない。現に騒がしいのも、花染と千秋のとこが飛び抜けている。


 その花染だが……。


 「なぁ、背後からの圧が気になるんだけど。何かしたか?包丁持って無言で立たれてると、めちゃくちゃ怖いんだけど」


 振り向いて、頭のネジが外れたような花染を見る。地蔵のようにびくともしない瞳は、変わらず俺に向けられている。じーっと、大きく丸い目だ。


 「私にも同じことしてって言ったらしてくれる?」


 「同じこと?星型の野菜のことか?」


 「そうそれ」


 「班違うし、時間もないし、普通に無理だけど」


 多分ぎりぎり時間に間に合うか遅れるかの狭間だ。早いとこは、もうルーを入れて煮込みをスタートしている。


 「許されないね」


 「ごめんねー佳奈。今天方くんは貸し切りなの。天方くん、時間も少ないから早く切ろう」


 「了解。ってことだから、その今にも刺しそうな顔で包丁持つのやめてくれよな。まだカレーを作ってる途中だから」


 言われてすぐに顔を戻してじゃがいもに目を向ける。一応添えてるとはいえ、包丁を片手に持っているようなものだ。余所見してると最悪が起きかねない。


 「ねぇ姫奈、最近私負けばっかなんだけど!」


 「班違うなら諦めなよ。もう勝てっこないよ」


 切り始めるとすぐに後ろから聞こえる声。宥める華頂も間に合わないからと、切りながら対応する。何かあれば華頂。母親の気分を味わえてるのだろうか。


 「忙しいね、天方くんも」


 千切りに夢中の伊桜から、珍しく声をかけられる。筋に沿って切られる玉ねぎも、普通のカレーに入る大きさの半分以下にまで細められてしまっている。珍しいカレーが出来上がりそうだ。


 「周りが忙しいからな。それにつられて忙しくなるんだ。明らかに青泉も加わって忙しさは増したけどな」


 「いいことだから気にしない。天方くんとは、まだ話し始めて長くないんだから、これを機に仲を深めないと」


 「その段階でこれかよ。ハードル高いな」


 女子に触れるのは苦手だ。嫌がられることもあるし、たとえ許されたとしても、それを見た人に勘違いされたくもない。何より、俺が嫌だから、触れようと思わない。自分がされて嫌なことは相手にもしない。その通りだ。


 だから今、実は動悸が激しい。


 「人気者は大変だね」


 明らかに慣れてきた手付きで千切りを続ける。トントンと、切る速さに合わせて音も大きくなる。ストレス発散しながらストレスを溜めているように感じるのは勘違いか。


 「人気者ってほど注目は浴びてないけどな」


 「どうだろう。まぁ、本人がそう言うならそうかもねー」


 適当だった。全く興味ありませんと言いたげな表情に、頬を。触れたことはないが、きっと柔らかいのだろう。


 「はい、最後終わり。ありがとう天方くん。綺麗な星型出来たよ」


 「おかげでにんじんはまだ原型保ってるけどな」


 「はははっ。それなら同じことする?」


 言った瞬間、バッ!と後ろを向くと、過去最高の圧を放ってこちらを見る花染が居た。鳥肌が立つレベルで、真顔から少し口角が上がって柔らかめの表情になっ……てなかった。逆に怖い要素が詰まっていた。


 「……なんですか?」


 「何も?どうぞ、続けて」


 「花染、包丁使わないなら返してくれ。こっちも時間ないんだから」


 ガシッと、指がめり込みそうなほど強く握った包丁を、無理矢理取ることは出来ず、蓮が宥めようと必死になる。花染が重りのようで、他の班が手こずる様子は見ていて面白い。


 そのまま蓮と姫奈に引き戻されるが、俺の頭の中にはしっかりとあの光景が残った。決して悪いことをしたという記憶はない。でも、何故か悪いことをしてる気になる。そういうデバフ持ちなのだろうか。


 「あっちも楽しそうだね」


 「伊桜ほどじゃないだろ。意味不明な包丁さばきで楽しむなんて、見てるだけでお腹痛くなる」


 「食中毒?それは良かった。今すぐ倒れて運ばれればいいよ……あっ」


 「結構言うタイプなんだね。伊桜さんって実は陽気な人だったり?」


 小さく、やらかしたの意味を込めて「あっ」と言ったのは、隣の俺にギリッギリ聞こえた程度なので青泉には聞こえてない。けど、その前は全て聞かれている。俺とのいつものノリが出てしまったのは、少しポンコツなとこが出たか。


 本気で笑いたいわ。


 「傷つくなー。でも、伊桜って陽気な人なんだなぁー」


 もう煽りというか、正体知ってるから存分に茶化す。特権であり、楽しめる少ないポイントだ。上から見下ろして、若干口角を上げてやる。ニヤニヤと、偽ってることを高みの見物するのだ。


 「天方くんのことは少し苦手だから、その拒否反応が出たんだよ。だから陽気な人ではないかな」


 「それを本人の前で言えるの凄いね。冗談だろうけど」


 「いや、結構本当寄りだよ。たった今寄った」


 「たった一言で嫌われるって、俺才能あるんじゃないか?」


 「ポジティブ過ぎるよ」


 伊桜だからポジティブに捉えられる。それ以外なら、いつメンでも傷つきはする。多分嫌いになったのではなく、ムカついただけだろうが、後で謝っとくか。


 それからというもの、にんじんをザクザクと星型にして、結局正方形と星型のじゃがいもとその破片、星型のにんじんとその破片、千切りとみじん切りの玉ねぎという、珍しいもの揃いでルーを入れて煮込んだ。

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