第77話 トラウマ

 「幸せに困ってない、か。可能性あるのは嬉しいけど、そこ気になる。私たちと体育祭したことと、打ち上げしたことは共感するけど、それ以外に充実してるってことでしょ?」


 俺は頭が悪い。だから、こうしてボロを出せば詰められて、考えが思い浮かばなくなる。しかし、それを補う代わりのように、言い訳を考える早さはそれなりに早い。


 「それは考えすぎだ。多分あれだろ?俺の冗談の派生でそう思ってるんだろ?残念だけど、俺はいつメンと居るだけで楽しいし、元が1人が好きな性格だから、自然と体育祭とか打ち上げで話せるくらいで満足するんだよ」


 嘘ではない。俺は複数人よりも1人が好きだし、その分欲求も少ないから人より幸せと充実の満足レベルが低い。しかし満たされてるかは別だ。最近は伊桜に満たされるから、もしここで私たち以外、なんて聞かれたら困ってただろう。


 伊桜と会ってから欲が強まったのは否めないけど。


 「そっか。分かっても違和感は消えないんだけどね」


 「疑っていいぞ。それで怒りはしないし、花染が安心したり楽しかったりするなら、俺にやめろって言う気もない」


 伊桜と会って分かる。人の楽しみを害することは、デメリットしかないのだと。だから、これも俺が言い出した冗談からの自業自得。悪いのは俺なのだから、規制をするのは良くない。


 「そんなこと言われたら違うって思うし、申し訳なく思うじゃん。優男って何しても罪だよね」


 「何が正解なんだ?めちゃくちゃ怒るとか?」


 「んー、隼くんにそれは似合わないから、優男のままでいてほしいかな」


 「なんだそれ。分かりにくいな」


 自分の性格を偽るのは嫌だ。だから迎合してまで関係を築く相手とは居たくない。それを知るから、俺を否定しないんだろう。これだからいつメンは居心地が良いんだ。


 「分からなくていいよ。あっ、分からないっていったら由奈。綱引きが初めて話したってか、言葉交わした時でしょ?印象どうだった?いつメン以外によく話せたね」


 質問の連打を、思い出したかのようにハッとして、こちらを見ながら言ってくる。それに目を合わせようと向くと躱される。密かに嫌われてるのかもしれない。タイミングが合わないだけだろうけど。


 「青泉は花染の友達として認知してるし、花染とそんな変わらない性格だから、会話も、花染と話してるように振る舞えば出来ると思っただけ。印象は気さくで良い人って感じだな。質問の数も多くも少なくもないし、いい塩梅」


 「大絶賛だね。好きになった?」


 「……その、伊桜の時もだけど、好きになったって、花染と華頂に一目惚れしない人が、仲を深め始めて初日の人に一目惚れするか?」


 「気になるの。一応隼くんの口から直接聞かないと安心出来ないっていうかなんていうか……」


 後半になるにつれて言い淀む。夜の静寂さにはかき消されないから、最後まで聞こえたが、弱々しかったのは確かだ。


 「何でそんな悩むのか分からないのが申し訳ないけど、恋を今はしたいと思わないから、気にすることでもないと思うぞ」


 「そうなの?ホントに?」


 「ホント。そもそも興味ありそうに見えるか?」


 「意外と裏では興味あるって言ってそう」


 「はははっ。裏ね。ないない。そんな隠し事する方が大変だろ」


 「それもそうだね。今恋する気がないなら大丈夫だよね」


 ホッと安心したのか、明るい雰囲気が戻る。花染に似合った、ほっこりするような温かさ。まだ9月だが、朝夜は暖かさを含むことは少なくなってきた。涼しくなる季節。伊桜に似合った季節だ。


 そうだ、次何しようか……って、どうせ決まってるけど。


 「よし、切り替え大丈夫!ゆっっっくり歩いて帰ろ」


 「親が心配するかもしれないぞ?俺は一人暮らしだから良いけど」


 「気にしなくても、お母さんに連絡してるから、そこは心配してないよ。隼くんと一緒だって伝えてるし、安心安全」


 「ならいいけど、夜って危険だし、俺が居てもどうにもならないことが起きるかもしれないからな」


 「例えば?」


 「誘拐とか迷子とか」


 蘇る懐かしい記憶とともに言った。


 「小学校低学年の頃に、両親と旅行で山奥のホテルに泊まったんだけど、そこのホテルは食事処が別にあって、向かうまでに通路があったんだよ。そこで忘れ物に気づいて1人でホテルに戻ったら、ホテル全体がタイミングよく停電して、俺どこにいるのか分かんなくって、パニックになったんだ。両親のとこに戻ろうって走ったら、無我夢中でいつの間にか外に出て、暗闇の中で迷子になった。これ、俺の体験談だけど、トラウマになって今でも少し暗闇に抵抗あるくらいだから、結構バカに出来ないんだよね」


 「そんなことあったんだ。だから、いつもいつメンと帰る時私の心配したり、一緒に最後まで付き合ってくれるのか」


 「そういうことだな」


 すっかり根付いたそのトラウマ。今は克服したと言えるほど、夜でも抵抗はそんなにないが、やはり誰かが同じことになるのは少し看過出来ない。いつの間にか、1人で帰らせることは出来なくなっていた。


 それは雨の日でもそうで、早めに暗くなる雨の日の夕方からでも、花染とはよく一緒に帰る。1人の危険性は誰にも見つけてもらえない迷子と、誘拐という可能性があるから、そう考えると勝手に体が動くのが俺の癖だ。

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