第76話 分からないことだらけ

 完全お開きとなった打ち上げ。次々に車に乗って帰宅するクラスメートを見送って、俺たちは歩き出した。華頂は最後まで2人を抱きしめて何かを止めていたが、結局理解しないまま今に至る。


 青泉に睨まれてたので、やはり今日は無意識のうちに悪いことをしたのだと反省した。そして最大級の殺気を放っていた伊桜。構わなかったのが悪かったのか、首を絞めた時から全く別人のように睨んでいた。


 結局俺たち以外に歩きは誰もいなかった。だからそれを確認して俺たちは少しの距離を、安心安全に歩いている。


 「ありがとね、付き添ってくれて」


 「こちらこそ、暇を潰せるからラッキーだ」


 夜が苦手なのか、妙に距離が近い気もする。腕を横に5cm動かせば当たるような、そんな至近距離。不満はなくて、むしろその方が見失わないから俺的にも助かる。街灯だけが頼りで、等間隔で置かれた灯りの下を通る時だけが安心だったり。


 「今日は楽しかった?」


 「意味不明なことが多すぎて楽しかったな。なんでそんなワイワイ楽しんでたのか知らないけど、言い合う花染と青泉、それを宥める華頂、途中途中で落ち着いて楽しい会話の出来た伊桜。この4人の中に居るのは結構楽しかった」


 「そっか。良かった」


 少し下にある顔。身長差的に20cmはあるので、顔を見ても見られてると気取られることはそんなない。だからチラッと覗くと、満面の笑みで嬉しそうに言う姿が目に映った。その笑顔そのままに花染は言う。


 「これを聞くと、きっと私って言うと思うけど、忖度とかなしに誰が1番話してて楽しかった?」


 「どストレートだな。しかも回避出来ないように一言添えられて」


 もちろん聞かれたら花染って迷いなく答えた。それを封じられると、俺の頭の回転速度では解決策は生み出せない。そして余計な間も嫌がられるだろうから、嘘はつけない。


 「んー、1番楽しかったのは伊桜だな。花染たちの会話はよく理解出来なかったから、その分気の合う性格をしてた伊桜とは結構楽しかった」


 「あー、そっか。うわー、やらかしたなー。ずっと由奈に気を取られてたから……」


 「そんな気にすることか?」


 「隼くんには分からないだろうけど、これって結構大事なことなんだよ」


 冗談にも真剣にも思える表情で強く見る。これが伊桜ならどっちか分かるのだが、いつメンとして関係を築いてるのに、花染のことを分からないのはやはり相性というやつだろうか。


 「でも、伊桜さんって意外と話すんだなっていうのは思ったよ」


 「だな。冗談を言った時、「やべっ」って思ったけど冗談で返してくれたから、馴染みやすいって感じたな」


 「好きになった?」


 「なんでだよ。ま……あれだけで好きとか、女子と話せただけで好きになるチョロい男じゃないぞ」


 危なかった。冷や汗も少し出るほど焦った。「まだならない」と言おうとしたから、咄嗟に言い換えたが、本当にギリギリだった。あの流れだと「まだ」と言って、花染に【?】を量産させてしまうことになりかねない。油断大敵とはまさに今。


 「だよね。隼くんって好きな人作らなそうだもん」


 「そうか?作らないっていうか、作れないの間違いだけどな。お互い気の合う人だと、一緒に過ごしたいとは思うだろうけど、その人がまだ見つかってない。見つかっても、俺にはコミュ力が欠けてるから難しいしな」


 「そんなことないよ。わ……私……とか?姫奈とかなら良いんじゃない?いつメンで仲いいし」


 下か前だけを見ていたその瞳は、その時俺に向けられた。それに合わせるように振り向くと、花染はすぐに視線を逸した。


 「花染と華頂とは居て楽しい。けど、俺には敷居が高過ぎるからな。高嶺の花が泥濘に塗れるのは、ちょっと申し訳ない」


 「そっちかぁ……」


 どっち?なんて聞かない。聞いても分からないなら、もう聞かない方がスッキリすると知ってるから。無駄に聞いてモヤモヤするよりも、俺の分からない次元の話なんだと、自分の低能に頷く方が気にならずに済む。


 「隼くんこそ、私とか姫奈じゃ届かないと思うけどね」


 「え?それマジで言ってる?ないないない。励ましは嬉しいけど、時には傷つくんだからな?」


 「えぇー。本当なのに。って言っても思うことは変わらないだろうけどー」


 呆れてものも言えませんといった表情。本屋に寄って女性、特に女子高校生の気持ちの変化や思いを説明した本でも買って帰りたい。そうでもしないと、明後日には「何で分からないの!?」って怒られそうな未来が見える。


 「私たちが敷居が高いなら、いつメンにすらなってないよ。だからそんなこと思わないで、私たちも可能性あるって思ってみてよ」


 「可能性か。別にないとは思ってないぞ?美少女といつも居るから、そのうち好きになるかもとかは思う。けど、今はそんなこと考えるほど幸せに困ってないと思うから、意識してないだけ」


 慣れたのも一理ある。けれど、伊桜と関わり始めてから、多分その欲求すらも満たされているのだと思う。好きな人からしか得られない欲求ってあるのだろうが、好きな人というのすら知らない俺には、到底理解不可能なこと。


 だから、まだ恋人を求める段階に至ってない。多分伊桜と関わり続ければ、いずれ出てくるのだろうが、その時は多分だったりするのかもしれない。

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