第75話 お開き

 トイレという嘘から戻った俺たち。戻る寸前に嫉妬の何とかが俺の首を絞めたのだが、それが何なのか、俺には分かる気はしない。今日はいつメンと青泉と伊桜。この4人の女子の言動の意味が心底理解出来ない。困った日である。


 打ち上げも終盤に近づき、次第に減った食べ物飲み物は、もう無いに等しかった。時間も20時半と、残り時間を少なく知らせた。


 「そろそろ終わりかな?」


 スマホで時間を確認した花染。体育委員として、最後の仕事を果たすのだと、そのやる気は流石のものだ。


 「もう?結構早かったね」


 「佳奈と由奈を宥めてると、意外と時間に合った疲労感はあるよ」


 結局左右で2人ずつ。合計4人に囲まれるハーレムだったが、一切の不満はなかった。強いていうなら落ち着けないこと。しかし、それはいい意味。こうして楽しく談笑出来たのは思い出としては十分だ。


 何よりも伊桜と、こうして話したということをクラスメートに知らせれた。相性も良いのだと知らせれた。これは大きな一歩だ。これから段々と距離を縮めて、仲良くなったんだと言えるようになれれば尚良い。


 「重かったからな、青泉と花染。宥め役の華頂と落ち着き担当の伊桜が居なかったら、今頃皿の上に顔を載せて脱力してた」


 「そんなに?」


 「そんなに」


 驚くように目を開くが、自覚してないのは青泉だってそうだった。言われて笑顔でそれを隠そうとするのが丸見え。いつメンではなく、話したこともなかったが、多分この先接触は増えそうな気はする。そのオーラというか、圧を感じる。


 そして伊桜からも。


 怖いって。


 「次からは私に宥め役を押し付けないでね。見てるだけでいいから」


 「押し付けてないよ」


 「隼くんに言ってるんだよ」


 「助かるから出来たら今後一生続けてほしい。無理なら自分で解決するから、何が理由でどう宥めればいいのか教えてくれ」


 「それは難しいお願いだから、どっちもしなーい。頑張って」


 「……きつ」


 女子のことになると何もかも掴みづらい。伊桜のことは、俺と似たような思考だから読み取れても、他の人たちは一切無理。何をどう考えてるかなんてさっぱりだ。分かりたくても分からない。いつか分かる時が降ってくることを願う。


 「そろそろ疲れてきただろうし、終わろうか。悠也くん、もう終わろう」


 「えぇ?まだ半だぞ?」


 「片付け含めたらギリギリなの。考えられないほど頭悪い悠也くんには分からないだろうけど、楽しくても終わりは来るんだよー」


 「分かったから悪口入れ込むな」


 ぞんざいなのは相変わらず。イジりやすいからつい攻撃したくなる。ストレスのはけ口ではないが、千秋は俺たちの関係に必要不可欠な存在だ。


 花染が席を立ち、千秋を引っ張ってお開きのために前に出る。始まって2時間ほど、結構騒がしい屋上打ち上げだったのでは、と、個人的には満足している。すっかり暗くなった空も、星屑を光らせて優勝をお祝いしてくれてるらしい。


 「はーい注目!皆、今日は体育祭の打ち上げってことだったけど、楽しかったかな?団優勝と学年優勝、どっちも取れた後の打ち上げだから、それはもう楽しかったでしょ?これでお開きになるけど、まだまだ打ち上げの機会とか似たようなイベントはあるから、その時にまたこうして楽しもう!」


 打ち上げの機会は分からないが、似たようなイベントは知ってる。しかもそろそろその時期だ。


 「楽しんだ後には、楽しくないこともある。それが片付けだ。これから片付けに入る。時間迫ってるらしいから、急いで怪我しないように片付けてくれ」


 これは千秋の役目。うぇーっと言うようなクラスメートの言葉を一心に受けてもらう。何とも思わない性格なのだが、こればかりは少し同情する。


 でも、統率は流石ながら抜群にとれている。嫌々でもサボる人はおらず、次から次に席を立って、立てた椅子やテーブルを畳む前に、紙皿やオードブルの容器など、ゴミを集めて捨て始める。これが優勝のクラスと思えば納得だ。


 千秋も花染も戻ってくるとすぐに作業へ移る。体育委員として不足なしの対応だ。これだから人は当たり前のように付いていくのだろう。そんなことを思いながらもテーブルを畳み始める。


 「えっ……」


 「ん?」


 すぐ側でスマホを見ながら驚く花染。天気予報でも見ているのか、まだ空は快晴なのだが。


 「どうした?」


 「お母さんもお父さんも迎えに来れないから歩いて帰ってこいって」


 「わぁお。それは大変だな」


 打ち上げをする人たちは全員、親の許可を得てここに来ている。そして迎えに来ることも決まっている。それが条件で夜遅くまで楽しめたのだ。俺は親の許可だけとって、迎えはなし。家も遠くないので特別だ。


 「どうしよう……」


 悩む花染。それを見てからか、薄々背後に気配を感じていた伊桜が、珍しくも言う。


 「花染さん、それなら――」


 「おーっと、伊桜さんちょっと待ってね。佳奈、歩いて帰るんだよね?なら、隼くんも歩きだろうし、2人で帰りなよ」


 華頂が伊桜の口を抑えて遮る。モゴモゴと抵抗する伊桜は初めて見た。何をそんなに伝えたいのか、喋りたそうに俺を睨んでいる。悪いがバカなので俺には伝わらない。


 「そうだな。方向同じだし、1人で帰らせるのも良くない」


 「私が2人乗せようか?」


 「待って待って由奈。方向逆でしょ?隼くんもそれ求めてないよねー?」


 華頂が伊桜を抱えたまま青泉をも遮る。宥め役とは何だ、と、必死に考えても答えは出ない。が、確かに言うことは俺の思うことと同じだった。


 「申し訳ないからな。そもそも俺は歩いて帰るつもりだったし、それに花染も加わるなら大丈夫だ。ありがとう、青泉」


 んーんーと口を塞がれてるから喋れない。「どういたしまして」なんて言ってるんだろうけど。

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