第72話 上がって下がって

 「言うね。私も、頭の悪い天方くんとは違うから。――大丈夫。カバー完璧」


 「倍返しされた気分だわ。――負けず嫌いなの入ってるぞ」


 しっかり入れたから当たり前だ。天方には学力で負けるのは絶対にない。けど、運動能力では絶対に負ける。それを知っていても私は負けず嫌いの性を出してしまう。どんなことでも1位がいいと、天方と競ってしまう。我儘伊桜怜なのだ。


 「読書はいいよ?色々と身につくから。――ポンコツに負けるのは屈辱だからね」


 「なら今度オススメでも教えてくれ。5ページ読んで判断するから。――学力以外負けてるくせに?笑えるー」


 額に血管が浮き出そうなのを感じた。煽られれば私は耐性がないからそのままムカッとする。それがコソコソと言われるので、より煽られてる気がして溜まる。発散も出来ないのをいいことに、笑ってるのもムカッとする。これは天方の独壇場だ。


 「5ページで勉強になるわけないでしょ。最低でも200は呼んで。――一発ね」


 見えないように天方の横腹を軽く殴る。本当に軽くなので、天方の顔も痛そうではなく、驚くだけでそれ以上はない。


 「面白かったら読んでみる。――あっ……くっ……ゴリラかと……」


 言われた瞬間にもう1度、今度は強く殴ってやった。


 「ホントに読むのか怪しいよ。――次はぶっころ」


 「善処はする。――すみませんでした」


 殴られたとこを抑えながら痛がる演技をする。思わず笑いそうになったが、本を読むことを善処する人に笑う変な女として思われるので、普通に耐えた。


 「天方くんって結構お喋りなんだね」


 会話が終わるのを待っていたのか、タイミングよくギャーギャーが収まった青泉さんが言う。


 「由奈は知らないだろうけど、私には結構お喋りだよ。特に最近は」


 ここで私たちじゃなくて私って言うあたり、自慢する気しかないよう。それよりも私は「最近は」という言葉が気になったけど。多分それは私と関わり始めてからということだろう。裏で仲良くしてることを知らないと思えば、私の悪い性格がどんどん出てきて、私をニヤつかせる。


 「でも、初対面の人にはおとなしいと思ってたんだけどね。伊桜さんとは相性が良かったとか?」


 素直だから、感情を隠すのが苦手。花染さんは自分で言いながらも、妬むように声音を変えていた。女同士の男の取り合いは、水面下でこそ恐怖を発揮する。


 「伊桜とは喋りやすいぞ。あんまり喋ってないけど、似た性格してるからかもな」


 あぁ、優越感。って私本当に最低な女に成り下がろうとしてるじゃん。やばいやばい。


 「あ、ありがとう」


 少し照れるように見せて言うが、そんなことはない。本当ならお好み焼きを頬張って、テーブルの上に乗って嬉しいと天方の目の前で叫びたいほど興奮してる。


 私は陰キャを演じてるだけで、本当は騒がしい。だから、天方にはイメージとは違うと言われたりするが、私からすれば全く変わりない。素の伊桜がこのテンションなのだから。


 「似た性格か……でも、私とは真逆だから逆に相性良いのかな?どう思う?」


 絶対に否定させない攻撃だ。これは頭の回らない天方なら。


 「かもな。花染は素直で良い人だから、介護には感謝してる。華頂も日々お疲れさまー」


 「どもー」


 こうして褒めながら肯定する。私だけに興味があるとは思ってないけど、目の前ではっきり正直に言われると、どうも口の中にお好み焼きを突っ込みたくなる。もちろん天方の口の中。


 「相性いいって姫奈。勝ちかな?」


 「知らねー」


 体を揺すられて食事も出来ない華頂さん。こうしてみると嫌そうでも仲の良さが垣間見える。やはりいつメンらしく相性はそれぞれ良いのだとよく分かる。


 「私とはどう?天方くん」


 「青泉とはまだそんなに話してないから分からないけど、花染と似た性格だから、そんなに悪くはないんじゃないか?ってか、聞かれて答えてるけど、上から目線だから答えにくいんだけど」


 「私も悪くない……話せばいけるかも……」


 天方の話は誰も聞いていない。青泉さんはとっくに沼に嵌ってしまったようで、既に恋人にする計画を立て始めているらしい。隣でブツブツと言い始めては悪寒をぶつけてくる。


 「――大人気だね」


 「――そうか?」


 「――知らね」


 「――どういうことだよ」


 ライバルを増やしたというより、天方と思い出を作る時間が減ったことに少し残念に思う。約束したから、きっといきなり家に突撃したりしても入れてくれるだろうけど、それはなんだか焦ってる気がして落ち着かない。


 季節における風物詩を2人で楽しんで、そうして思い出を作れるならいい。私たちが親友と呼べるような関係なのはそうだ。でも、それでは物足りない気もするのは事実だ。


 「ねぇねぇ、天方くん」


 この「ねぇ」の言い方が乙女。私じゃ無理な可愛さ。私に出来ないことをやられると差が開きそうでちょっとした焦りに襲われる。天方は前に、私みたいな人が良いとは言ったけど、こんな美少女たちに寄られたら、そんなもの一瞬で砕け散るのだから。


 「何?」


 「好きな人のタイプって何?」


 「ははーん、由奈知らないんだね。隼くんは私みたいな人がタイプらしいよ」


 「そうなの?」


 「んー、なんでそういう話になるのか分からないんだけど。タイプって言われても自分でもよく分からないんだよ。花染のはただ、華頂とどっちか聞かれただけだしな」

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