第70話 攻めて引いて攻められて
注がれるお茶は天方と同じ麦茶。そんなミジンコほどどうでもいい内容にでも、私は喜ぶことが出来た。我儘な子供だから、構われることを待っていて、天方は構ってくれた。文句なしの完璧な対応にこのままでもいいんじゃないかとも思わされた。
「ありがとう」
多分我ながら結構優しかったと思う。投げ捨ての突き放したりする声音じゃなくて、本当に感謝してると伝える声音。天方なら分かってくれる。天方にしか分からないんだから。
「どういたしまして」
伝わったと思おう。私のことは何でも知ってるだろうから、気にしなくても察してくれるから。
「隼くん、私もお願いしていい?」
「え?さっき自分で入れてただろ?」
「そうだっけ?でもコップ空だよ?」
「飲んだんじゃないのか?」
「いいや?」
私から見てもお茶を注いだ跡が残っていた。花染さんも全力で関係を築きに来ているから、私に注ぐことを嫌がったのだろう。精神的には同じ年齢で似たようなことを思う。どこかしらシンパシーも感じる。
いつメンが大好きでお願いされれば断らない天方。だから私からすれば、天方との時間を取られるだけの相手。
「まぁいいけど。次からは自分でお願いします」
「分かりましたー」
本当に飲んだことに気づいてないのを良いことに、そこに付け込むのは花染さんとて悪い人だ。それほど天方を振り向かせようと必死なのは分かるけど、同じ土俵に立つなら絶対相手にしたくない。
気づかない天方も天方だ。ムッとしてしまう。
「いただきます」
天方が最初に食べるのは目の前のお好み焼きだった。分けられたサイズのを1つ取り、口へ運んだ。それを見た私は文字通り一瞬だった。
同じお好み焼きへ箸を伸ばしたのだ。最初は同じ食べ物からだと、花染さんに見せつけるために。ここで私は決めた。バレないように更に攻めることを。
「天方くんってお好み焼き好きなの?」
「好きだぞ。夏祭りとかの屋台で出る食べ物とか、オードブルに入ってるのは好き。まぁ、ここにあるの全部好きってことだ」
「そうなんだね」
よし。これでまず、私が先に天方に好きって言われた女になった。勝手に勝負してるけど、花染さんは気持ちに素直だから、必ず乗ってくる。
「伊桜は好きなのか?」
「好きだよ。食べるのが好きだから、食べ物は全般好きだよ」
「失礼かもしれないけど、なんかそんなイメージあったわ」
イメージではなく事実。知ってるから少し下にある私の顔を見下すように見る。
「隼くんって私たち以外にもそうやって話してたっけ?」
ドキッとした。花染さんのいつもより少しだけ低い声音。同じ性別だから分かる。これはそこまで気分が良くない時のやつだと。私に対して向けてないけど、明らかに敵対心があるのだと理解した。
なんて答えるか気になった。下手すれば気づかれる口火になるかもしれないのだから。誤魔化しは、花染さんという素直な人でも、今は無効だ。それほど女子の恋愛面の勘は鋭い。
「いいや。ただ、暇で伊桜と話したら、話しやすかったから続けてるだけ。誰にでもこうはならないぞ」
ここで「意外と」という言葉をつけないのが天方らしくていい。意外と話しやすいんだと言われないことが、私にとってどれだけ嬉しいことか。
「そっか。確かに伊桜さんって可愛げあるもんね。喋って楽しかったら続けちゃうの分かる」
元に戻った声音。それでも私はドキッとした。
言われてやっとまともな考えに戻ったのだ。そうだ。私は陰キャを演じているんだ。だから、目立ってはいけないんだ、と。面倒が増えるのは嫌だ。目の前に天方という存在があったから、つい走り続けてしまったが、私は目立ちたくなかったんだ。
「い、いや、そんな……」
動悸が激しい。もしもここで花染さんに目の敵にされるならば、私は偽りで過ごせなくなる。
「花染が言うと嫌味に聞こえるんだけどな。学年1の美少女とか謳われてるくせに」
「誰もがそう思ってるわけじゃないでしょ?」
「それ、俺って言いたいのか?」
「そういうこと」
聞き出し方が上手い。少し焦る私の隣では、既に花染さんのペースに入って、花染さんが1番の美少女だと言わせようとしている。この空気で言えないわけがない。花染さんも、もじもじしながら答えを待つ。
「どうだろうな。華頂が1番だったりして」
あっ、こっちも逃げ方が上手いんだった。
「私が1番?それは知ってたけど、そこは佳奈がベストアンサーだよ」
「この前姫奈と私、どっちが良いか聞いたら私って言ったのに?!もう浮気してるの?!」
「佳奈で遊ぶ隼くん、意外とチャラい?」
「遊んでねーよ。逃げ道に華頂がちょうどよかったから使っただけ」
「あっ、私で先に遊んだの?」
「華頂使いやすくてさ、俺からして都合のいい女子」
「隼くん……意外と最低だった?」
「佳奈、幻滅中」
やはり私が入るとこの空気が崩れて申し訳ない。聞いていても面白いし、冗談だって分かるから喧嘩もしない。言いたいことを言い合える仲なのは羨ましい。
こうして人前で天方と話せることが、私にとっては何よりも羨ましいけど。
「――伊桜嫉妬中、だろ?」
今度はドキッとじゃなくて、ハッとした。表情も少し変化しただろう。それほど図星を小声で言われた。まさか花染さんが隣りに来ても小声で話すとは思わなかったから、余計に強く激しく。
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