第69話 顔を上げて

 「聞かれたくなかったら悪いが、伊桜って普段何してるんだ?思えば、おとなしいから気になる」


 演技が上手い。いつものいつメン以外に寡黙で興味を示さない素振りそのままに、目を合わせずに箸をペン代わりにくるくると回している。そんな中でも私には、いつも通りだということがよく伝わった。だから私も、いつもと変わらない私で居ようと思った。


 「えっと……本読んだりかな」


 「あぁー、イメージ通りだな。――知ってるけど」


 周りもガヤガヤとしているから、私たちの声はある程度かき消される。それを良いことに、天方はぼそっと付け加えるかのように言った。


 「天方くんは?好きなことあるの?」


 詰まりかけたが、しっかりと前の呼び方に戻せた。


 「1人で家で寛ぐことかな。――特に伊桜のクッション抱きしめて」


 「楽しいの?――キモい」


 「んー、読書してる伊桜とあまり変わらないぞ?ただ読書が動画とか漫画に変わるだけで。――は?もう家入れてやらないからな」


 「あー、言われてみれば確かに。――良いけど?」


 「――冗談に決まってるだろー?はははー」


 やっぱり天方と話してると、勝手に嫉妬の気持ちは消えていく。楽しいから、たったそれくらいで悩むなと、本能的に排除される。確かに初めて天方に触れたのは青泉さんだけど、天方が許しての触れ合いはまだなのだから、心配しなくて良いのかもしれない。


 「天方くんのオススメの寛ぎ方ってある?――なら良かった、私もまだまだ行くから」


 「あぁー、クッション抱いて寝ながら見ることだな。――ツンデレかよ。ちなみにどっちのクッションかは想像に任せる」


 「私と同じだね。私もクッション抱いて読むんだよね。――ツンデレじゃないし、絶対私のじゃないでしょ」


 「マジ?いいよな、クッション。――今日から伊桜のクッション使う」


 「うん。――家に行ったらもう使わないから」


 「――冗談ですやーん」


 時々頭の中が混乱するけど、その倍以上天方は混乱してるはず。なのに意地なのか、ミスをしないで付いてくる。腹話術も使い、体を動かしながら喋ることでよりバレにくくするのは見ていて面白い。思わず笑いそうになるほどには。


 シンプルに楽しい。私の未だ子供の我儘は消え去り、今度は笑いたいという我儘が生まれた。バレたくないから隠していても、この楽しさに笑って楽しいことを伝えたかった。


 チラッと覗けば綺麗な横顔が見えて、思わずほっこりする。自分では分かるほど恋愛感情を抱いてはないが、私の、心を許せる唯一の友達として、嬉しくて微笑みたかった。


 けど、そんな時間は長くは続かない。


 「はーいみんなお待たせー!」


 「全員揃って座ったな?これより、体育祭で総合優勝、そしてクラスポイント1位を獲得したことによる、1年に1度の打ち上げを始める!各々コップに飲み物は入れたか?」


 盛り上がっていても、実はまだ始まってなかった打ち上げ。花染さんと千秋くんが前で挨拶を始める。そして話に夢中で私たちのコップは空だった。そんなこと見ず知らず、クラスメートはコップを手に持つ。


 「それじゃ!俺たちの体育祭での活躍を祝して!乾杯!」


 どこを見ても飲み物を入れたコップで乾杯している。しかし。


 「俺たち、何も入れてないよな」


 「う、うん。そうだね」


 「一応乾杯するか。――これが俺たちらしいしな」


 コップを持つと、今日初めての笑顔を私に向けて見せた。ニコッと上がる口角は、緩くて、優しくて一生見ていられる。やはり天方は――カッコいい。


 「うん。――それもそうかも」


 だから私も笑った。笑って良いタイミングだったから、クールな私が好きと言ってくれた天方にだけ見せる、本当の笑顔。前髪と眼鏡が邪魔だけど、きっと天方は見てくれてる。


 これが多分今日最後の笑顔。お互いに話せる最後のチャンス。それをこうして締めくくれたのは良かった。私からすれば打ち上げが始まると、天方との会話は終わる。だって。


 「隼くん。横座るね」


 「はいよー」


 彼女が居るから。天方隼に恋心を抱くいつメンの美少女――花染佳奈。花染さんになら仕方ない。


 「乾杯しよ?って、何も入ってないし。いいや、そのまましよ?」


 「いや、入れるから待っててくれ」


 「おっけー」


 そうしてお茶を注いで天方は花染さんと乾杯した。私は満足だった。「入れるから待っててくれ」そう言いながら私を見て、左眉毛をクイッて上げてもらえただけで十分だった。


 私にはその意味が理解出来たから。特別は私にだけ。いつメンの花染さんにも、空のコップで乾杯をしないと、それだけで嬉しかった。


 そう。確かに嬉しかった。けど、やっぱり私は強欲だから、どうしてもこれで終わりは嫌だった。私はメンヘラとかヤンデレとかの素質があるのかもしれない。それほどに我儘を言いたかった。


 でも、耐えないとバレる。下唇を静かに噛んで、私はそれらを静めた。が。


 「伊桜も入れるか?飲み物入れてなかったよな?」


 いつも、下を見る私の顔を上げさせるのは彼だった。


 「飲むタイミングで入れたいならキャップ閉めるけど?」


 「あっ、じゃ、お願いしていい?」


 「もちろん」


 コップを取りながらクスッと笑う天方。私の気持ちを知っているかのような嘲笑い方で――何でか嬉しかった。いつもはムカつくのに、こういうことに気づかれると、内側からほわほわと温かいものが浮き上がった。

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