第68話 え?なんで?
来た……。
本当にこんなことがあるとは思ってもいなかった。まさか奇跡的に空いた席に座ったら天方の隣になるなんて。座ってからクラスメートが全員座ったのを確認して思った。これ、絶対に来るのだと。
チラッと私を見て口角を上げたのが見えてから、ドキドキが止まらなかった。恋愛的な意味じゃなくて、関係がバレるんじゃないかというハラハラ感と、久しぶりに関わるハラハラ感からのもの。
体育祭の午前の部、綱引きが終わってから一切の関係を断っていた。私の我儘というか、嫉妬というか、子供のような思いで天方から少し離れてしまったのだ。
絶対に気にしていているだろう。天方は何も悪くないのに、一方的に避けたようになって恥ずかしい。でも、離れたくなった。その時の私では、きっと拗ねて天方に文句を言うから。
未だに消えないその念は、隣にそっと腰を下ろす天方によって更にパニックにさせられた。自分が情けない。嫉妬したくらいで気を落とすなんて。いつも私が誰よりも天方と接してるのに。
きっと独占欲が強いのだろう。それも人並み以上に。
「はぁぁ……」
思わずため息を吐いてしまった。瞬間、やってしまったと思った。天方に聞こえるように吐いたから、この関係では良く思われないのに。弁明も出来ないから苦しい。ここでバカな私に1つの後悔が生まれた。
そっと天方の顔を覗こうとすると、横顔だけしか見えなかった。男子の中では私的に圧倒的1位の顔。その横顔がチラッと。天方本人は早速私と話せないため、いつメンを向いて何やらいつも通りと思える会話を続けていた。
何と思ってるだろうか。いつも通り、私のツンデレなんて冗談で受け取ってくれていたなら、私は天方に心底感謝する。こんなダメな私にでもいい方向に捉えてくれたことに、私はそれ以上を求めない。
「えっ?俺嫌われてるのか?何で空けてるんだよ」
天方が言葉を発すれば心臓がドキッとする。その相手は私じゃなく、華頂さんか宝生くんだった。天方の不満は、私と逆の席が空いてることへのもの。1つ空けて華頂さん、宝生くんと並んでいた。
「嫌ってないよ。花染佳奈とかいう可愛い子のために空けてるの。私は佳奈の隣でワイワイしたいし、悠也くんの隣は落ち着かないからって」
「なら華頂が俺の隣来て、その隣に花染でいいだろ」
「えぇ、まだ生きたい」
「意味が分からないんだけど」
謎のやり取りに思えるけど、私からすれば、これを機に花染さんは天方との距離を縮めようとしているのだと思える。友人としてじゃなく、恋人として。
花染さんは分かりやすい。天方と話す時だけ目を大きくして、グイグイその話に加わる。彼女が居ると嘘を言われた時の反応も、叫び足りないほど驚いていた。何がきっかけかは知らない。だけど、少し私たちの関係に支障を来す数少ない人なのは変わりない。
「分からなくていいから、動くの面倒だしいいでしょ?」
「はいはい。別に嫌われてないならいいですよ」
好意を抱かれてると知らないから、天方も何とも思っていない様子。一応は鈍感ながらも女子と一線は引いてるから、そこまで心配する必要もない。けれど、いつメンで美少女として有名な花染さんなら、容易く天方の心を自分のものに出来るはず。それが杞憂と思おうとしても思えない。
どうしようか。天方はクラスでも人気の男子。女子の中では、陽キャに所属してるのに寡黙に見えることから、その整った顔と相まってギャップで宝生くんの次にはモテる。そのことを知らない天方だけど、実はその中で他人の評価として自他ともに認めているものがある。それが寡黙なとこだ。
つまり、ここで何かを話すなら、私から話を振らないと、天方とは話せないということ。でも、私も寡黙で人と接するとこを見せないということが知られている。そんな私が話しかけれるわけもないし、体育祭途中から関係は築いてこなかったし、こんな陰キャの見た目の私が話しかられることもない。
はぁぁ、終わったかな。せっかく仲を深めるところをクラスメートに見せれたのに。これは花染さんと仲良くするとこを見せつけられて、好きになる瞬間も見てしまうパターンだ。
ネガティブは続いた。隣の席になるという強運を得たから、それ以降は不運に見舞われるのだと思った。どうしようかと考えても、無理の一点張りだった。
下を向いて後悔を始めていた。まだ打ち上げ、始まってないのに。そう思った時だった。
「なぁ、暇?」
それは確かに耳元で聞こえた。私は思わず心臓の跳ね方に倣ったように肩を小さく跳ねさせた。
「……え?」
「いきなりで悪い。話し相手が居なくて、伊桜も何もしてなかったみたいだから聞いただけだ」
「えっ、あぁ、うん。暇だけど……」
狼狽した。過去1狼狽した。下を見ていた顔が一瞬でその声の発生主に向かった。そこに居たのは天方隼。まさかまさかの相手だった。
「なら話に付き合ってくれ。暇なのは嫌いだから」
「良いけど……」
知ってる。暇なことが嫌いなのは知ってる。でも、私に話しかけるなんてことは知らない。それは奥の華頂さんだって同じはず。その証拠に、私に話しかけている今、信じられないというような目で見ているのだから。
それを覚悟で聞いてきたのだろうか。それともいつも通りなんとかなる精神で話しかけたのだろうか。確信よりの多分だけど、覚悟して聞いたんだと、その美しく鮮やかに輝く双眸が言っているように思えた。
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