第67話 席順

 体育祭をいつメンと楽しめたと思えば楽。伊桜と関わることがそこまで出来なかったと思えば苦。俺はどちらとも思うが、若干苦が強かった。


 楽あれば苦ありということわざがあるが、俺はそれを苦あれば楽ありと考える人間だ。どうしても苦を後に持ってくるなんてしたくないのだから、それは当たり前のようなもの。


 つまり、苦を感じていた体育祭が終わったならば、次に待つのは楽だろう。そう。打ち上げだ。


 結局3年生は用意周到だったようで当日。翌日に2年生が屋上を使ったということで、翌々日の午後、18時過ぎから打ち上げをすることになった。フェンスで覆われた屋上は、安心安全で使えるが、常日頃から開放されていることはないため使うのは初めてだ。


 そしてたった今、俺たちは屋上へ向かっていた。十分なほどの机を持って、学校側の出費に感謝すること一瞬。その時を楽しみに、全員が階段を駆け上がる。


 「いやー、圧巻だったね。男子の1位は蓮くんで女子の1位は私。2位は隼くんと姫奈。1年生のクラスポイント結構持っていったよね」


 ゆっくりと階段を上り、花染は満足気に2日前を振り返る。長距離のポイントが高いため、どれだけ頑張っても短距離の俺と華頂が1位に君臨することは出来なかった。全て1位というのは同じなんだけどな。


 「改めてバケモノ揃いだって思ったわ。特に華頂」


 「それはどうもー。運動してたら勝手に速くなってただけなのに、なんと檜山先輩に勝っちゃったー」


 「それ檜山先輩聞いたらめちゃくちゃ怒るだろ」


 「いや、檜山先輩はテンション高くてノリが良い人だから、そんなんで怒りはしないぞ」


 流石は陸上部。先輩のことをしっかりと把握している。確かに、競走してるのに、悔しさを滲ませながらも華頂を笑って見ていたところを見るに、良い人なんだとはよく伝わる。


 そんなことを話し合いながらも、足は最上階へと踏み出していた。


 「あっ、着いたな」


 最後尾を歩いてきた俺たちには、既に作業を初めて、もう終わろうとする人たちの姿が目に入った。やる気はマックスのようで、夏の暑さにも負けない元気は、この後夜まで持つかどうか怪しい。


 夕日はまだオレンジ色に横顔を照らす。沈みたくないと、まだ夏の気配を残して半分だけで。


 好きなメンバーと固まって打ち上げをするのではなく、クラス全員で四角で囲むように座って食事をしながらはしゃぐ。完全ランダムで、隣に座るのは最大2人だ。そこで伊桜を獲得出来なければ、苦あれば苦ありとなる。


 運よ、味方してくれ。


 神頼みなんて俺らしくもない。異性の気になる人と、ただ隣になりたいだけで両手を神に向かって合わせるなんて、きっと2ヶ月前までは思ってもいなかった。どんなことでも結果が全てで、その過程はどうでもいいと思っていたから、一切願うことはなかった俺が――。


 自分でも笑えるな。


 席順はくじで決めるとか、あみだくじとかではない。その囲む人たちは誰が隣でも自由だ。そうなれば必然的に仲のいい人たちが集まるのだが、実は仲良くないはじめましての人と隣になることは出来る。


 「準備助かるわ。ありがとな」


 「みんなのおかげで少し早く始めれそうだよ」


 社長出勤した俺たちは然程手伝うことはなく、並べられた打ち上げのためのご飯を目の前に、花染と千秋が立つ。


 「箸とお皿が置いてあるとこならどこでもいいから、好きなとこに座っちゃっていいよ」


 少し離れたクラスメートたちをやる気にさせるかのように花染は動かす。その合図に従って、急がずにゆっくりと集まるが、その視線の動きようは凄まじい。誰もが隣に知る人を選ぼうとするから、どうしても人の動向を探ってしまうのだ。


 そうなれば必ず生まれる、隣がそこまで仲良くない人という席順。それが俺の狙いだ。失礼極まりないことを言うが、伊桜は隣に仲の良い人を置けない。だから、高確率で片方が開く。ならばそこを狙って座ればいい。きっと伊桜ならば、片方に多くの空席のある席を選んで座ってくれるから。


 「私たちも座ろうか」


 「そうだな」


 指示や開始の挨拶を残した花染と千秋はその場に、俺は蓮と華頂と空いてる席に向かった。その際の視点移動は過去最速で、どこに伊桜が居るのかを目で捉えたくて仕方がなかった。


 見つけた、というかそこに座らなければならないほど圧のある手前の席。並ぶように5つの椅子が空席だった。まるで俺たちのために残してくれているような。そしてその隣である5つ目の1個奥。5人の中で唯一いつメンではない人を隣に座らせる席に座るのは、間違いなく伊桜怜だった。


 どうやら今日は運が味方する日らしい。迷うことはなかった。そこから俺は2人よりも少し早足で最奥に向かった。そこにしか座りたくないのだとバレないように、無意識を装って。


 そして何事もないかのように座った。当然。俺と伊桜以外なら何事もないから不自然な点はなにもない。目も合わせてないし、ただ来ると予測されたとこに座っただけだから、怪しい点は皆無だ。


 座った瞬間にため息を吐かれたが、それは俺にだけしか聞こえていないだろう。耳を澄ましてやっと聞けた程度のものだったから。普通なら申し訳ないとか、なんでため息?なんて不快に思うが、唯一そう思わない相手だから、俺は少し頬を緩ませた。

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