第66話 ラストスパート

 着いた場所からでは、花染がどうしてるかは見えない。だから自然と意識から消えてしまう。すると流れるように意識内に来るのはこいつだった。


 「よっ、花染と何話してたんだ?」


 「お前の悪口だ。どうせリレーでもコケるってな」


 「嫌われ者だな。俺だって人間だぞ?泣く時だってあるんだからな」


 「まだその気配ないから気にしないけどな」


 「それ、イジメ常習犯の言い訳だぞ」


 「知ってる」


 千秋もまた、リレーという足の速さを活かした種目に選ばれた。いや、選んでやった。球技が得意でも、遅いわけではない。俺らと比べれば劣る程度で、200をコケても勝てるほどには速い。なので、リレーから逃げようとしたのを知ってるので、こっそり書き換えてやった。


 「そういえば、俺たちが1位取れば、後は最下位でも確実に打ち上げらしいぞ」


 目を輝かせて堂々と伝えてくる。その先の未来が、今もう確定しているようで、大きな体躯からは想像出来ないほど心は幼い。そんな千秋に言うのもなんだが。


 「それも知ってる。残すポイント戦は騎馬戦とクラス対抗リレーだけ。2位と2倍も差があるならもう抜けないってのは、普段から授業聞かない俺の頭でも計算出来る」


 そう。後半はほぼポイント外。応援合戦や集団行動、大行進や地区の人たちによる盛り上げの種目が揃うだけで、他は何もないに等しい。だから勝ち確定。


 「そうかよ。面白くねーな」


 「この結果は俺たちで作ったようなもんだろ?そんなこと言うなよ」


 「お前に言ったんだよ」


 「なら殴らせてくれるか?」


 「断る」


 パンッ!と始まったリレーに見向きもせず、俺たちは適当な他愛の無い会話を続けた。見なくても蓮が1位なのは分かる。1走者に陸上部の先輩も居るらしいが、接戦でも勝つとのこと。


 どこの団も盛り上がっているので、それに釣られて俺らは会話をやめる。走者を見ると、3歩差で先を行く蓮がいた。200mという少し長い距離でもスピードは落ちず、本当に短距離が苦手なのかと疑うほどには加速していた。


 「気持ち悪いほど非の打ち所がないな。せめてワキガであれ」


 隣から友人に最悪なことを言う千秋の声が聞こえる。確かに思う。賢くて運動能力高くてモテる。身長も高くて性格も無気力だが実は優しい。


 あー、普通にワキガであれ。


 思わず共感してしまうと、ちょうど蓮は一周回って戻ってきた。疲れた様子で、流石に長距離を終えた後だと足も固まるだろうに、よく走ったものだ。


 1位で先輩へ渡すと、5mほどの有利を伸ばそうと腕を振る。先輩たちの中でも名が知れた人のようで、声援は一層強くなって背中を押していた。


 「これ勝つわ」


 「お前そんなこと言うなよ」


 千秋も勝ちだと確信し始める。ここに集まるのは全員がクラスで選ばれた走者たち。そう簡単に差をつける猛者はいないだろうし、そんな人たちはアンカーに居るのだから、差は縮まりにくい。


 その通り、3走者4走者と、続く先輩たちも1位をキープする。差はそんなに開かずとも、決して縮まることはない。


 これなら全力を出すこともない。そう思っていた。圧倒的1位で持って来てくれると、友人だから信じた。ついに渡された千秋へのバトン。がっしり掴むと、開いた差を更に広げようと駆ける。後ろは見ない。ただ誰もいない前だけを見て。


 そんな千秋を見ながら、俺は最もインコースに立つ。1位で来た時の特権だ。半分の100mを過ぎた時、未だに抜かれる気配は無かった。キープした1位を譲らずコーナを曲がる。そして最後の直線へと来ると、俺のインコーススタートが確定する。


 勝つわ、というフラグを立てても、それを押し退けてしっかりコケない千秋。少し期待したのだが、苦労をしないよう必死に走って圧倒的な差をつけてくれたことに心底感謝した。


 「ほれ、1位だ」


 「ナイス」


 ついに受け取り、駆け出す。この時点で差は7mはあった。蓮と千秋、先輩たちのおかげで、難なくここまで繋いだバトン。俺はそれを右手に持ち、正面から風を一心に受けて本気で走る。


 手を抜こうかとも思ったが、応援されて応えないわけにもいかないし、何よりもこの声援の中で興奮しないわけがなかった。テント前を走ればそこから聞こえる声援。耳が喜び全身に伝わる。この感覚が気持ち良くて、俺の足は止まることを知らなかった。


 団テントの前。通れば、そこから聞こえる知る人の声はない。千秋と蓮はグラウンド内から声を荒らげずに見てるだけで、花染と華頂は入場門から声を出して応援している。


 でも、伊桜の声は無かった。知ってたが、残念でもある。


 ゴールテープを腹部で切った時、1位という最高の順位でゴールし、声援も最高潮で、俺自身もその期待に応えられたようで幸福感に浸っていたというのに、どこか物足りなさを感じてしまうのは不思議だった。


 周りを見渡して、それが晴れることはない。午後から視界にも入れていない伊桜という存在。やはり学校行事では思い出を作ることは、そう簡単ではないのだと教えられた。


 ――確定した1位。団では分からないが、俺たちはクラスの目的を達成した。それをまず喜んでいた。それからクラスリレー。そこでも1位を獲得し、悔いのない成績を残した俺たちの、高校最初の体育祭は――総合優勝で幕を閉じた。

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