第65話 頭大丈夫か?

 体育祭も折り返し。午後の部へと入った今、俺たちは早速男子リレーの入場門へ来ていた。蓮は1走者であり俺はアンカーなので、その分離れる。ちなみに蓮の長距離走は余裕の1位だったので、それなりにポイントは貰えた。


 この時点で2位のクラスと2倍近いポイントの差があるので、勝ちはほとんど決まってる。そう思うと、どこかやる気を失うかと思われたが、どのクラスもそんなことお構いなしに、最後まで全力を出そうと声を張り上げていた。


 男子リレーは団対抗なので、学年もバラバラ。現在2団は競技でも独走中なので、盛り上がりは最高潮。だからこそ目指してるのはどの学年も、クラスポイント以外の何物でもなかった。


 俺は役目はもう無いと思っているので、このリレーもやる気はそこまで高くない。アンカーとはいえ、必ず抜き返せるわけでもないのだから、正直最下位か圧倒的1位でバトンを渡してくれたら嬉しい。


 まぁ、やる気がない根本的な理由は、昼休憩で伊桜に会えなかったことだ。どこにいるかと探しても見つからないし、綱引きでも惜しかったが2位を取ったのだから、喜び合おうとした。でも見つからない。かくれんぼしているつもりもないから、運が味方してくれなかっただけだろうが、それが気になった。


 しかし、応援が無ければ走れないなんてことはないので、クラスリレーに勢いを繋ぐため、今を全力で駆けるつもりだ。


 「緊張してる?」


 男子リレーの次は女子リレー。1走者である花染が背中をツンツンとして聞いてくる。男女どちらも2年生3年生無視して、短距離タイプがアンカーという、1年1組だけが体育祭ぶっ壊し編成なのは笑える。


 「アンカーだと全然しないな」


 「そうなんだ。私出だしミスったらどうしようってガタガタしてる」


 見ると小刻みにブルブル震える姿が目に映る。


 「スタートなんてそんな変わらないだろ。花染ならその後で差をつけれるから心配するなよ。どうせ最後には バケモノ待ってるんだから」


 県1位を凌駕した華頂。本気で走ればきっと驚きのタイムが出るだろう。本人の性格上、本気で走ることはそんなにないので、多分そういう運命で生まれてきたのだろうが。何故か走れば巫山戯てしまう。そういう人気者の片鱗も見せながら走って1位は、檜山先輩からしたらもう笑えるだろうな。


 「1走者だけ長距離にしないかな。だったら余裕なんだけど」


 「それなら最後、俺と華頂がランニングしてでも勝てるくらい差が生まれるぞ」


 「楽して勝ちたいー」


 長距離が楽って思考、普通に尊敬する。


 「そういえば、綱引きの時大丈夫だった?由奈が倒れたやつ」


 「あー、驚いたけど怪我も無かったし大丈夫」


 「それならいいけど。由奈が心配してたからさ」


 「なら大丈夫だって伝えててくれ」


 「分かった」


 下の名前で呼ばれると、どうも分からない。青泉のことだろうが、女子はほとんど名字だけだから、そのシーンを言われないと今も【?】だらけだろう。


 「隼くんって、由奈みたいな時々ドジする女の子とかって好き?」


 「……いきなりだな」


 思わず振り向くと、それに合わせるようにそっぽを向く。


 「ドジする人を好きなのかは俺もよく分からない」


 「そっか……」


 「なんでそんなこと聞くんだ?」


 「好きなタイプが分からないから、ちょっと聞いてみようかと」


 「好きなタイプか……それも分からないな。可愛いとかクールとかでも決まらないし、初恋すらしたことないからそこらへんは疎くて」


 伊桜に日頃からカマチョしているが、実際あれに恋人になるテクニックなんてものは全く込めてない。ああすれば距離を縮められると思ってしているだけで、未だに恋愛感情を抱かない俺は好きなタイプを知らない。好きになった人だとも言えない。


 「じゃ、究極の選択。私と姫奈を選ばないといけないってなったらどっち選ぶ?」


 「究極過ぎるな……んー……それなら花染だな」


 「えっ、ホントに?」


 「どっちも同じ量のいいところがあるけど、花染の方がイジるといい反応してくれそうだし、笑顔も見せてくれるだろうから、花染だな」


 華頂は逆。イジるとイジり返すし、笑うタイミングとかは同じっぽそう。どちらも冗談の通じる最高の相手なので、微々たる差で軍配が上がるのは花染だ。


 「選ばれた……選ばれた……」


 「大丈夫か?」


 ブツブツと独り言を繰り返す。呪文を唱える闇落ちした人のように。姿は可愛くても、目がヤバい。


 「あーうん、大丈夫。え?ここ現実?」


 「……は?」


 暑さにやられたか。日差しは強くないが、人それぞれ感じ方には差があるので、一概にないとは言えない。明らかにキマってる人だ。これは。


 「花染、そろそろ戻ってこい。手遅れになるぞ」


 「大丈夫、戻ってるから。ちょっと姫奈に勝ったことが嬉しくて何処か行ってた」


 「そんなに?とことん負けず嫌いだな」


 根っからの負けず嫌い。だとしても狂ってる。狂人だ。喜び方で分かるほどの頭のぶっ壊れ方。これがあの美少女として人気の花染佳奈とは、全く思えなかった。


 「ふぅぅ、落ち着いた」


 同時に男子の誘導が始まる。


 「ホントに大丈夫だよな?無理するなよ?」


 「うん、分かってる」


 「そんじゃ、1位取ってくるから」


 「頑張って」


 「花染もな」


 先を走る誘導の人に、男子が固まって付いていく。離れていく花染が、離れれば離れるほどおかしくなっているようにも見えて、どうも落ち着けなかった。

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