第64話 嫉妬
特に3年生なんて、力よりも声に重点を置いてるようで、けたたましくも叫ぶ姿は、前でせっせと引っ張る人に圧力を掛けているようで自然と笑みが溢れる。
勝敗よりも楽しむこと。小学生から運動の集大成を見せる場を何度も経て、辿り着いた
まるで私たちの思い出作りのような、その熱の込め方。天方に似てるなんて思ってしまうほど、それらに感化されていた。
引っ張って引っ張って。1分の長い時間を常に拮抗した2つの団。どちらも目的の位置まで引っ張ることは出来ず、より引いた方が勝ちとなった勝負。ほんの少しだけ真ん中から寄った緑色のはちまき――4団の勝ちだった。
ワァーっと盛り上がる。まだまだ続きがあるのに、それでも今ここで全てを使い果たすかのような喜び方は、悔いを残さないのを信念に置いたような、そんな心構えを感じた。負けた1団も、その顔に不満は無かった。全員とはいかないが、3年生は全員と言えた。
そしてついに来た2団と3団の勝負。4団の居た位置に移動し、偶数勢の勝ちをもぎ取ることを目標に引くことにした。私の力なんて微々たるもの。でも塵も積もれば山となる。それを信じて全力で引く。負けず嫌いには、後悔なくても負けは嫌だから。
ササッと並び終えると、やはり私の3つ前に天方が立っている。静かに、私を見ることもなく、大きい背中も今は小さくて寂しさに包まれていた。
後で冷やかそう。
そう思って、パンッと始まりの合図を待った。静まる会場。緊張に体を強張らせることはない。ただの体育大会。勝ちよりも思い出優先だから。気にすることもない。
パンッ!
始まった。同時に一瞬にしてオーディエンスの盛り上がりが最高潮へと達する。私も両腕に力を込め、全力で引く。どこまで行こうと女の子の領域を出ない。でも、並大抵の女の子より力は強い。だから全力で引く。どうせ今全力でも私の本性を知る人は居ないのだから。
グッと込めた力は良く伝わるのか、若干こちらへ引かれるのを感じる。団の筋肉が1つになり、綱をこれでもかと引き続ける。後ろからは3年生の叫び声。男女関係ない。でも、女子の先輩から「おらぁ!」「クソがぁ!」と聞こえるのは、男子の叫び声を凌駕していた。
そして僅か30秒。先程よりも圧倒的早さで決着はつきそうだった。もちろん、私たち2団の勝ちのラインに綱の真ん中が迫って。私は勝ちを確信した。更に力を込めて終わらせようとした。
その瞬間だった。
パンッ!
終了の合図。1分も経たずに鳴らされたということは勝ちが決まったということ。ふぅっと引いた綱を、何事もないように私は下ろした。が、それが出来るのは全員では無かった。
「キャッ!」
少し先で女子の驚くような声が聞こえた。位置的に天方の立つ場所。目を向けると、そこにはその女子の後ろにいる天方に背中から倒れ込む女子の姿が見えた。しかもその子は同じクラスの
「だ、大丈夫?」
「あ、ありがとう天方くん」
優しく支える天方に感謝をする。多分、いきなり引く力が無くなったから、それに対応出来ずに後ろへ倒れたってとこだろう。結構あり得る話だ。
流石にお互い狼狽している様子。青泉さんは焦るように立ち上がって、天方はそれをサポートする。手を掴んで、ゆっくり丁寧に。そう。手を掴んで。
それを見た私は、次第に違和感に苛まれた。いや、違和感じゃなくて、何ぜこうモヤモヤするのか分かっていた。そのモヤモヤに苛まれている。
手を掴む前には、天方に体を触れ合わせていた。倒れた不可抗力とはいえ、それは紛れもない事実。しっかりこの目で捉えた。なんだか落ち着かない動悸。
嫉妬。そういえば多分正しい。けど、これもまた、恋愛的なことはあまり関係ない。私が嫉妬するのは、天方に触れたことだ。
天方隼という男子は、私にこれまで触れたことがないのだ。触れる機会は何度もあったけど、それでも触れようとしなかった。冗談は頻繁に言うくせに、いざ私が反撃して、体のどこかに触れていいよと言っても、冗談だと知った上で拒否をする。それは触れていいか分からないから、というか、触れていい距離感ではないと思っているからだ。
それは花染さん華頂さんにも同じ。千秋くんと宝生くんには肩を叩いたりして触れるけど、2人には絶対に触れない。触れたことを見たことがない。それほど、女子という存在に距離を置いて、しっかりと一線を引いているのだ。
思い込みならそれでいい。けど、確実に触れないようにしているのは伝わる。
だから、今私の前で確実に天方に触れたことに嫉妬した。触れたがらない天方に不可抗力で触れたことに怒ったりとか、ズルい女とか思わない。けど、それでも天方に触れたことに心底嫉妬した。
助けてもらって笑顔で「ありがとう」と伝える青泉さんに、笑顔で「気にしないで」と優しく返す天方。どうもこの絵を私は見たくなかった。勝手に目を逸らしてしまうほどには、それを信じたくなかった。
きっと今の私は拗ねただけの子供。頬を膨らませて、不満を察してもらいたいだけの乙女もどき。絶対に天方は気づかないのに、それでも拗ね続けるのは、我ながら可愛くもクールでも無かった。
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