第61話 テントの下は騒がしい
戻ると、そこには目先で行われる男子の競技に注目し過ぎる3人がいた。こちらへ振り向くことはなく、気づいてる様子もない。死角だったため、喋っていたこともバレてないはず。まぁ、見えたとこで喋っているとは思わないだろうが。
5組目がゴールしたタイミング。思ったよりも早く帰ってこれたことを嬉しく思いながらテントへ入った。
「ただいま。うちのクラスはどうだ?」
「おかえり。金山くんが1位で東山くんが2位。工藤くんが5位で最後の悠也くんはまだこれからだよ」
「へぇ、結構稼いでるな」
「足が速いやつを短距離に集めたからな。そりゃこうなるだろ」
間違いない。陸上部に所属する走力不足なしの精鋭を集めたうちのクラスの短距離は、誰も彼も1年の他クラスでは諦めを余儀なくされる相手なのだから。総合優勝よりもクラスポイントだが、必然的に、クラスポイントを得るために奮闘すれば総合優勝へと近づく。だから誰もが頑張る。が、それすらも凌駕してしまうのが千秋たちだ。
ちなみに4組目の工藤は、同じ組に3年の1番手2番手、2年の1番手2番手と走ったそうで、5位は決して悪い順位ではない。運は悪いが。
そんな200mもついに7組目となった。第1レーン。内側を走る千秋。7組目にライバルは誰もいない。本気で走れば1位は簡単だ。
パンッと乾いた音で走り出す。最初から飛ばす千秋。一周200mのトラックを颯爽と駆ける。声援を後押しに、回る足は止まらない。100mを過ぎたとこ、既に差は1秒は開いていた。
決して2位が遅いのではない。千秋のバカげた筋肉が、その足を加速させることしか考えてないために離されるのだ。必死に歯を食いしばって追いつこうとしているが、その体躯には追いつけない。速すぎる足は、ついに最終コーナーへ踏み出される。
難なく離して余裕のコーナー。だったが、そう簡単に千秋に神は味方してくれないらしい。
最後の直線へと踏み出したコーナー最後の左足が、地面の感触を嫌ったようで、若干左に傾く重心が、その縺れに倣って滑らせた足とともに倒れ行く。
「……あーあ。やっぱり悠也くんだね」
花染の、相変わらずだね、と言わんばかりの「やっぱり」は、遠くに滑り倒れる千秋に呆れ果てては何も言えないことを表していた。
でもそれには華頂も蓮も共感していて、頷く姿は隣で見ていて笑えるほどに残酷なものだった。友人関係が良すぎるからこそ、こういう軋轢ではない冗談の隔たりが生まれるのだと、しみじみ感じる。
「でも、これでも負けないの凄いよね」
「それだけ距離があるからな。戻って来て第一声が、わざとコケたとかだったら腹抱えて笑うな」
「確かに言いそう」
既に立ち上がり、1位をキープしたまま全力疾走でゴールテープへ向かうと、3人が共感している時には余裕の1位で体操着を砂だらけにした有名人が立っていた。
周りの反応は爆笑だ。流石は学年のスクールカーストトップといったとこか。コケたことすら面白さに変えるとは、俺には到底不可能なことだ。
「これで2人1位か」
「好調だね。これなら難なく1位いけるでしょ」
「佳奈がフラグ立てたからこれは無理だね。体育委員のせいで負けたよ。あーあ」
「そんなことないって」
「なら花染が1000m負けるとかな」
「隼くんまで?!私のせいじゃないから、これは順調だって言って背中押してるの」
緊張はないだろうが、一応解しておく。他人には見せないようにするタイプだからこそ、そこは念入りに気をつけるべきだ。もしも緊張で千秋の二の舞になるのなら、それは絶対に避けるべき。
「冗談。花染なら勝てるって」
「隼くんの応援に応えてみせようじゃないか」
「隼くんの応援だけ?」
「違いますー。ちゃんと他のみんなからの応援も応えるよ。今は隼くんからしか応援されなかったから言っただけ。だから――」
「必死必死」
「くぅ!姫奈ムカつく!」
何をそんなに盛り上がることやら。体育祭だけではないが、華頂と花染は特に変なとこで盛り上がっては、落ち着くのに時間がかかるため、困る困る。
そんな2人の奥では、千秋たちと交代で男子の障害物競走が始まろうとしていた。今はただ同じクラスの男子が1位をもぎ取ることを願って応援する。
「そんな元気なら全種目交代で出てこいよ」
「出たいけど3種目出るから無理ー。蓮くんこそ、行けると思うなら行きなよ」
「俺は元気じゃない。3種目で疲れ果てる」
俺と蓮、花染と華頂はそれぞれ3種目だ。それなりに実力が高いため、どれも高得点をもぎ取って来るという予想通りの展開だ。
その俺らに続くかのように障害物競走へと襷は渡された。次々にゴールへ向かう青のはちまきを身に着けた俺たちのクラス。千秋の二の舞はおらず、順調に障害物を退けては駆け続ける。
最後の6組目。3位を獲得することで男子の障害物競走は終了となった。結果としては1位はいなかったものの、2位が2人で3位が1人と好成績を残してくれた。
一層盛り上がりも最高潮へと近づき、ようやっと女子の障害物競走へと移る。遠目から映るその眼鏡の姿は、本当の姿を見ない最近ではだんだんと馴染み始めた。次本当の姿を見た時が、どんな驚きをするのか、今からでも楽しみだ。
3組目を走る伊桜。障害物競走にカードが置かれて誰か特定の人間を探し出すというものはないため、少し残念ではあるが、スリルは今は勘弁だと、自分を自分でしっかりと抑える。
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