第60話 応援返し

 「そんなことより、今のクラスポイントって学年何位か知らないか?」


 ここで一旦話を変える。俺の手抜きを聞かれても、誰もいい気はしないから。切り替えた話題は誰もが気にするポイント。屋上での無償打ち上げの権利を獲得するために、必死になる、総合優勝よりも欲しがるものだ。


 各学年1クラスだけなので、それはもう争奪戦が激しい。特に3年生の熱気は途轍もない。1年生は、俺たちのクラスにバケモノが多いことから、半ば楽しむことに重きを置いて居るほどには過疎化している。


 「多分1位じゃないかな?姫奈と隼くん、蓮見さんと葉山くんが100mで1位、雪入くんと歌枕くんと音鳴さんが2位だったから、結構大きいよ」


 いつメン以外の名前を言われてもピンとこないことには申し訳なく思う。しかし、学年関係なく、1組6人の男女合わせて合計96人の種目で、クラスの数も考慮すると、相当なポイントを得ているのが分かる。


 3位や4位を獲得したクラスメイトも居るだろうし、これは高得点が期待出来る。今はまだ100mだけが終わったとこ。これからでも十分結果は変わる可能性はあるが、それを考慮して俺たちも更に力を上げて対抗する。


 「出だし好調だな」


 「私たちは1位だったし、距離は違うけど、得意分野として選んだんだから、2人も当然1位だよね?」


 「プレッシャーかけるなよ。確実にもぎ取るけど」


 「私は心配。もし2位でも許してね」


 「競う相手居るの?」


 「んー、分かんないけど保険」


 華頂と花染はともにバケモノ並の負けず嫌い。だからこそ、負けるかもと保険をかけても、それは2位だったりコケても勝てると思っていたりする。決して対戦相手に劣っていないのだと、遠回しにでも伝えているのだ。


 2人ともに長距離の種目はもう少し先。リレーは午後の部であり、それまでテント内で声援を送るだけ。暇を持て余す時間となる。


 只今男子200mのもう1つの短距離が始まり、選手が誘導に従い付いていっている。出るのは千秋だが、これもまた、勝ちを確信しているため必死には応援はしない。千秋の扱いだけぞんざいのようだが、これが友人関係の立ち位置だ。


 次は障害物競走となっている。招集がまだ集まらない選手を必死に探している。と、障害物競走は伊桜が出るとかなんとか。


 「千秋って何組目?」


 「7組目だったな」


 「ならトイレ行ってくる」


 7組目は200mの最終組。今は移動中ということで、早くても3分で出番だろう。それまでなら十分出会える。


 「相変わらず悠也くんってなると、応援のやる気がなくなるよね」


 「氷も取ってくるから、もしかしたら遅れるかもな。その時は謝る」


 「なるべく急げよ?千秋に愚痴られるのは嫌いだから」


 「了解」


 愚痴らせてもいいかもと思ったのは千秋だから。不運に見舞われることが多いだけに、蓮はそのサンドバッグとなることが何故か多い。嫌そうでも、しっかり聞いてあげるのは優しさだ。


 そう言い残してその場を離れる。向かうはトイレの方向であり、トイレではない。障害物競走が集められる入場門だ。そこには既に人が集まっており、賑やかで俺には騒がしくも聞こえた。


 ゆっくりではなく少し早足に向かう。200mの第1の発砲音が聞こえたからだ。千秋の応援に間に合いたい気持ちも強いため、急ごうと必死だ。


 「別に良いのに。危機感に快感を覚える変態でもないでしょ?」


 そんな俺の足を止めるのは、やはり神出鬼没の伊桜だった。声を聞いた瞬間に驚くことはなかった。後ろから投げかけられた言葉。それで絶対だと確信するほど、声とその相手が俺だと分かった。


 少しペースを落として聞こえる距離を保って歩く。


 「違うけど、応援されたら応援したくなる性格でな」


 「バレるバレるって怯える割には、大胆なことするね」


 「これでも細心の注意は常にしてる。いつメンの視界に入らないようにしてるし、他人にも不思議に思われないようにな」


 テントを振り返れば、いつメンは見えない。ならばあちらからも俺は見えないはず。移動して見るようなことも無ければ、千秋が走る時に今更抜け出す人もいない。安心安全の接触だ。


 「だから応援する。運だけは強いんだろ?1位を持ってテントに帰って来いよ?」


 「プレッシャーにはプレッシャーってことね。はいはい。余裕で1位になりますよー」


 夏休みで伊桜の運の良さは知れた。逆にそれが運の使いすぎになって最下位とかあるかもしれないが、神は二物与えた存在に、運をあれほど少量で済ませるわけがない。きっとここでも障害物を難なく乗り越えて行くと、俺は思っている。


 「そんじゃ、俺はここで」


 「はーい。応援ありがとうございます」


 「いえいえ」


 これだけでも俺は満足だった。そもそも頑張れと1言伝えるだけだったのだから、こうして会話を出来たのは大収穫だ。元気を与えるだけでなく、貰えたのはリレーにも活かせる。


 そうして何事もないかのように別れた俺たち。短距離は男子が後なのに対して、障害物競走は女子が後なため、こうしてマイペースな伊桜の招集に向かうタイミングで会えたのは良かった。


 それからダッシュでトイレに向かい、手を洗うだけ洗ってそのまま出る。これでトイレに行った時間とほぼ同じとなるので、怪しまれることは無いだろう。

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