第59話 ゴール先

 結果は華頂の圧勝だった。差はそれほど無かったが、100mという短い距離の中で、県1位が負けたと分かるほどの距離で勝てたのは、その記録を知る人たちからは驚きの声をあげることだけが出来た。


 ゴール後には檜山先輩と華頂が笑いながら話すとこを確認した。仲は良さそうで、悔しさを表情に滲ませながらも、全力で負けたことをこれからの糧にしようと目つきの変わる檜山先輩を捉えた。


 「流石は学校最速」


 ボソッと隣にも聞こえない声で、予想通りなのだと口にする。まだ冷めないこのグラウンドでは、然程小さくない独り言も聞こえない。選手は集中と緊張でそれどころではないのだろうし。


 女子最後の組が走り終えたことで、次は俺たち男子の100mとなる。8組目である俺は、若干疲れる片膝曲げに文句を言いたくても、友人が周りにいないため言えない。最後なんて1番記憶に残るというのに、何故ここに立たされるのか、それもまた疑問で文句だった。


 発砲音が4回5回と続く。フライングする人は誰もいないため、淡々と進む。実況も手慣れているようで、その盛り上げ方にオーディエンスも底上げされて盛り上がる。


 紛れて悲鳴をあげる人も居れば、あだ名で辱めようと敵対心をむき出しに叫ぶ人もいる。精神攻撃すらも行使して勝とうと、貪欲になる3年生は俺らの未来を見ているようだ。


 そんなことに面白さを感じていると、たった今7組目がゴールし、1団――赤のはちまきを額につけた2人がほぼ同時にゴール。2団は1人で4位となっていた。


 ついに来た俺の番。盛り上がりも高まりつつある今、俺が目指すは圧倒的な1位ではなく、ギリギリの1位だ。接戦を演じて団を盛り上げ、総合優勝へと少しでも雰囲気を運ぶ。


 隣を見ても走力で名を聞く有名人は居ない。ならば、作戦実行は容易い。足を運び、クラウチングスタートの構え。何の失敗もなく軽い体を更にリラックスさせる。


 そして、「位置について」の合図で腰を上げ、万全を期し、勝ちへと歩み寄る。「パンッ」とスタートすると、地面を嫌うように強く踏み出し、スタートダッシュに成功する。


 ちょうど真ん中のレーンを走る俺には、内側の人は誰も見えず、外側はまだコーナーでは差は生まれない。しかしどんどんと縮まる距離に比例して、内側の選手が外側の選手へ並ぼうとする。


 この段階1位は同じ2団の先輩。俺は3位につけていた。受ける風を気持ちいいなんて考えながら、ただ横をチラチラ見ながらも走る。余裕はあるが、その分油断はしていない。


 直線。残り50mに入ると流石に3位はマズイと思い、甘えた体に鞭を叩く。一層増した足のその回転量は、隣に並んだ同率3位の4団の先輩を離す。同時に近づく1位のすぐそこにある背中。残り30mで、思ったよりも余裕が無さそうだと思い更に加速する。


 すると耳には爆発的な歓声が湧き上がる。抜かせる!と思った時は、誰もが興奮してしまうもの。それを今見せていると思うと、何だか気持ちがいい。


 その歓声に応えるよう、ついに1位に躍り出る。距離にして5m。もう抜き返される時間は無かった。そのまま俺の腹部がゴールテープを切り、誰が見てもギリギリの1位を獲得した。


 冷めない興奮は、オーディエンスたちの歓声が物語る。が、それよりも俺はゴールの瞬間を思い出す。一瞬見えた、ゴール奥に1人で立って小さくバレないように親指を立てる伊桜の姿を。


 テントの端に立ち、左右から見られないように体で右手を隠してでも、俺のゴールにグッドをしてくれたことが、1番の興奮材料だった。


 最後の組だったので、ゴール後すぐに、誘導されて退場する。短いただのかけっこだったが、伊桜の応援とグッドで、決して思い出にならないことが、小さくも思い出になった。


 退場する先は伊桜の居たテントの隣だったが、そこには既に姿は無かった。神出鬼没でもないくせに、しれっとやりたいことをやってから消えては、不意に現れる。ホント、そういうとこは相性悪い。


 その後すぐに2団の1年テントへ戻ると、歓喜に溢れて盛り上がりも最高だった。特にいつメン。


 「お前、何割で走ったんだよ。本当に負けるのかと思ったぞ」


 「危なかった」


 「少しも危なげ無さそうだったけどな」


 「そう見えたなら俺もあるかもな」


 ここで手を抜いたと言えば、それが広まって、もし真剣勝負をしたという同じ組の人が居たなら、その人を気分悪くしてしまうため言わない。人の考えだから自由。でも、もしもを考えるのも人間の考えとしては普通だ。


 「流石は男子最速ってとこだね」


 「華頂に言われると、レベルが低くて恥ずかしくなるな」


 「なら、最初から本気で走ってたら良かったのに。1秒は差をつけれたんじゃない?」


 「どうだろうな。緊張もあったしそうはいかないかもしれないぞ」


 「でも、緊張しても1位って凄いよね。ギリギリでも、追い上げてだったし」


 「花染に言われると嬉しいな。ギリギリを素直に褒めてくれるから」


 「俺たちだけ別みたいな言い方だな」


 「陸上部エースと短距離の女帝はしつこいからな。記録よりも、何でそうしたの?ってことしか聞かないから1位になった気がしない」


 嫌ではない。むしろ、これがいつも通りであり、勝ちをそんなに喜ぶ俺でもないので気にしない。

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