第57話 詮索されたら

 ――「しっかり見てたよ。図書室からはグラウンドは丸見えだからね」


 体育祭本番も、迫ること残り1週間。6限目にクラスでの競技練習をしている俺たちだが、あくまでも自由なため、走るだけの種目の人たちはグラウンドで友達と話したりしている。


 俺もその1人だったが、暑さにやられそうなとこ、回避するために体育館側の日陰へ行き、冷水機で水分確保しては膝を負けで腰を下ろしていた。そこに、タイミングよく偽伊桜も来たことで、自然な形で会話が出来るようになった。


 基本的グラウンドで物事を解決するため、ここに足を運ぶ人は少ない。だから人に見られることもほとんどない。サボりに適した場所だということ。


 伊桜は綱引きと障害物競走。運ゲーと言われる種目と1人でどうしようもない種目なので、練習はそう簡単に出来るものじゃなかった。


 「なんだ。図書室居たのか。全く気づかなかった」


 「それで気づいてたら逆に恐ろしいよ。そんなに私の居場所が気になるのかって、今頃怯えてたよ」


 話してはいるが、距離は5mは離れている。誰か来たなら、その時は俺が、確認出来る場所から指示を出してすれ違う事のないように伊桜を帰らせる。悪巧みをしているようでハラハラドキドキの不可思議展開だ。


 「それにしても、思ってたより速かった。宝生くんって確か県でも上位の常連さんなんでしょ?凄いね」


 「運動だけが取り柄だからな。走るだけなら少しは活躍出来る」


 「少しのレベルじゃないけどね」


 謙遜ですか。そう言っているような表情。何も不満はないだろうに、そんな気になる表情をされると、夜しか寝られない。


 「そんなことより、詮索されるってか、いつメンに気にされてることが問題だ。あれから誰にも聞かれてないけど、払拭出来たわけでもない。気づかれることも近いかもしれない」


 ここで偶然会ってからそれを思い出しては解決策がないかとずっと考えていた。俺1人の問題ではないし、問題を解決出来るわけでもない。だから2人で話し合おうと。


 「気づかれたら絶交だし、どうにかしないとね」


 「俺だけ背負ってるな」


 でも間違いでもない。これは俺の我儘で付き合わせているだけの思い出作りでしかないのだから。選択権はいつだって伊桜にあるし、否応なくそれに従う必要がある。常に人質を盾にされているよう。


 「でもバレたら厄介が増えるのはそうだよね。絶交したいとは思わないから、なんとかしたいけど」


 「ツンデレ」


 「デレてない」


 「そうか?」


 「今はそれよりも優先すべきことがあるでしょって」


 「悪い」


 階段に座り、顔を膝の間に置いて項垂れている。籠もった声だが、同時に尖ってもいた。伊桜なりに真剣に悩むべきことでもあるのだと、なんとなく嬉しかった。


 「私だってバレてないんだっけ?」


 「もちろん」


 「なら、まだこのままで良いんじゃない?詮索されて分かる私との関係ってないでしょ?だから、どの道を進もうと私には辿り着かないと思う」


 顔を上げて目を合わせて伝える。


 「危機感が無いのはそうだけど、でもこうして密かに会ってから話してるとこを見ない限りは、どうしてもバレないと思うんだよね」


 「まぁ、そうか。伊桜の演技が上手いのもあって、バレる気配は未だにないしな」


 これがフラグとなってバレる、なんてことも感じないほど気配はない。俺の言葉と、行動が偶然一致しただけだと思わせるのは至難の技。しかし蓮たちも、それが本当なのだと決定付ける証拠もない。つまりは、傾きやすいのは嘘だということ。


 気にしすぎたんだと、そう思うことは難しくても、時間が経つにつれ、どうしてもボロを拾えなかったならば、自然と信じるようになるのだから。


 「でも、一応は気をつけてた方がいいよ。油断大敵だからね」


 「結構気をつけてるけどな。最近は伊桜と何もなくても1人で用事があるって帰ったこともある。伊桜と関わってからのスタンスとは何ら変わりはないようにはしてる」


 気づかれるからと、すぐに行動を変えれば怪しまれると、中学生でも分かる。小さなミスでも残さないように注意は万全だ。でも、いつメンは誰も彼も賢い。特に花染華頂は、女性の勘という異能力が働くこともあるため、警戒すべき相手であり、直感や、かまをかけられても神回避しなければならない。


 「それはナイス。天方のいつメンにバレたら、それはもう大変だから」


 それほどの何かを理由にしているということ。もちろん伊桜の詮索はしない。いつか出来る、若しくはされる時に自然と聞くだけ。執拗に聞くべきことではないと、それは出会った時から察している。


 「迷惑かけたら悪い。何かしらデメリットが生まれるならすぐに離れていいから、いつまでも友達に縛られるなよ?」


 「大丈夫。その時は一応何かしらの対策はするし。何よりも迷惑じゃないよ。今まで良くしてもらってるし、思い出っていう思い出は作れてるから。こうして秘密に会うの楽しいし」


 「ツンデレ」


 「ツンツンしてない」


 今度はツンじゃないと、珍しくデレを認めた。恋愛的なものではないが、デレを見せてくれるのは微笑ましい。どうしても今までツンが多く、それを誘発させてきたようなものだったので、デレたのが本気だと知ると、新鮮味を感じる。


 「私はそろそろ戻るよ。気にすることは解消したと思うし、長居してるとそれからもバレそうだし」


 「分かった。ありがとな」


 「いえいえ」


 必然的に俺が5分後くらいにこの場を去ることになった。授業はまだ続くが、俺もサボりと思われるのは良くない。だから、少し晴れたモヤを忘れて、その場で欠伸をしながら時間を待った。

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