第56話 答え

 蓮の声に寸分違わず反応した俺は、右足へと力を入れ込み、瞬発的にその場から逃げるように飛び出た。その時点で既に蓮は半歩先を行き、流石に勝てるとは思わなかった。自分の声でのタイミングは0.1のズレもないのだから。


 だがそれを最後までの言い訳にする俺でもない。追いつくのがこの短距離の盛り上がりの醍醐味。誰も見ていない空虚なグラウンドだが、それでも俺は全力で駆け出す。


 半分、25mまで来ると、それはもう勝ちが見えるか怪しかった。思ったよりも加速する蓮の成長速度に、最後に抜いてゴールしてやろうと思った甘えが一切考えられなくなる。敗北の文字が可視化された隣の男の姿に、躍起になってでも勝ちたい一心。


 そこからは我ながら圧倒的だった。必死に一挙手一投足を動かし、貪欲に前を狙いに行く覚悟を決めた俺は、隣の蓮を2歩差つけてゴールした。


 ゴールした瞬間に途轍もない息切れを感じる。無呼吸だったわけではないが、久しぶりに限界へ近づいたことによる酷使によるものだろう。両手は両膝では足りず、地面へと倒れ込むように接していた。


 「はぁ……はぁ……お前速くね?」


 「勝ったやつに……言われたくない。結構……自信あったんだけどな」


 お互いに呼吸は整わない。それほどに無我夢中で走った。いつぶりか、小学校の運動会や、休日の公園での運動でしか記憶にはない。それほど久しぶり。懐かしさも感じるのはそのせいか。


 「このあと100ってマジ?キツすぎる」


 「こんなの序の口だろ」


 「陸上部のお前ならそうでも、久しぶりの全力の俺はそう簡単に復帰出来ないんだよ」


 「弱音か?」


 「そうだ」


 無理だ。50でこれほど死を近くにしているというのに。


 「なら、別にいいぞ。正直お前をここで負かせて、終わるつもりだったしな」


 「……それで負けるとか恥ずかしいだろ」


 「そうだな。完敗だ。しかも2歩差とか、ハンデ貰って負けるのは流石に言い訳も出来ない」


 勝てるつもりで挑んだ結果、ハンデすらも凌駕して俺が勝つ。挑む側の蓮は、今は顔には出してないし、平然としているが、内心歯ぎしりするほど悔しいだろう。敗北にハンデ貰ってという最悪の言葉に、更に2歩差というのも合わさって、それはより強く。


 「んで?勝負終わって、聞きたいことは?」


 「はぁぁ。最近全員気になってる。千秋も華頂も花染も俺も」


 ここまで言えば分かるだろ?と、幼馴染として阿吽の呼吸での頷きを求める。


 「俺の行動が気になるってことか?」


 「そうだな」


 「そんなに俺の、他校の女子と云々したって話が尾びれをつけて暴れてるのか?普通に何もないのはお前だって分かるだろ?」


 「素振りではそう思う。だから千秋たちにもそう言った。けど、確かに思えば、最近お前の帰りが早かったりするのは不自然だ。夏休み前なんて、わざわざ俺たちの誰かを待っていたのに、それすらも消えた。違和感を覚えるにはしょぼいかもしれないけど、それでも何故かひっかかる」


 息を整え、いつもの落ち着いた蓮がそこに居た。疑いの目を向けても、内心では違うと思って聞いているような、そんな雰囲気だった。


 「俺に興味津々とは、刺激不足ってとこか?」


 「どうだろうな。正直疑っていても詮索することではないと思う」


 「お前のことだし、話し合いでそう皆に言ったろ?」


 「まぁな」


 何も気にしない。自分に関係なければそれでいい。常にそんな考えでのほほんとする蓮でも、いつメンの踏み込み過ぎには注意する。自分がされたくないことを、自分はしたくない。その思いが強いから、自然とプライベートへの侵入は抑止する。幼馴染として分かりやすい性格だ。


 あぁー。冗談言ったのが間違いだったな。


 「恋愛とか、隠し事は気になるのが人間だ。だから何も不思議には思わないけど、詮索されてもお望みの答えは何も出てこないぞ。冗談を本気と捉えたから、小さなことでも気にしてるんだろ。花染とかそのタイプだしな。だからこの際好きなだけ詮索していいぞ。何もやましいことはないから、満足するまでな」


 解決方法は1つ。俺と伊桜との関係で、バレる要素は1つもない。だから詮索をとことん満足するまでしてもらう。そうすれば勘違いに気づいて、いつの間にか消えている。体育祭も控えているのだから、大きなイベントがあればその時に忘れる。


 「俺は遠慮する。面倒だし、お前の恋愛とか興味もない」


 「なら質問するなよ」


 誰かに言われて質問したとは思えない。蓮は仲介を担うことはしないし、全員気になればそのまま聞いてくる。今後何回も続いてくれれば、その際に次第に解決へと近づくが、先はどうなることやら。


 「千秋たちの気になることを解消出来るなら、これくらいはする。一応幼馴染とかいう昔からの縁があるしな」


 「嫌そうにいうよな。お前ってそんなに俺が嫌いだったのか?」


 「いいや、短距離を終えた後だと、無性にお前が嫌いになるんだよ」


 「なるほどな」


 「ほら、もうお前に興味ないから戻るぞ」


 「興味ないなら戻るぞとか言うな」


 久しぶりに走れたのはいいことだ。だが、だんだんと伊桜との関係に【?】が付きまとうようになってきた。懸念点だ。相手が誰とはバレていないが、どこまで演技が通用するか。打ち上げで近づくのは、今は避けるべきか。どうするか迷う。


 面倒……か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る