第17話 疲労感満載

 そして別にバレもしないだろう言い訳を胸に、小走りで人混みの中へ嫌々ながらも戻って行く。書店を出たときからどこに4人が居るのか分かるほど、凄まじい陽キャのオーラを放つので、探す手間が省ける。


 何よりも、花染と華頂の2人が満面の笑みを浮かべていたので、それはもう最高の買い物をしてきたのだろうと、なんだか俺までほんわかしてしまう。蓮と千秋は相変わらずグダッとしていた。ずっと立っていた俺より、ずっと座っていた2人が疲れるのは、どれだけ人混みというものが耐性つけてる人間をもダメにするかを知らしめているようだ。


 俺は人混みを避けて、伊桜と話すといういいことを出来たので立ち続けたとしてもプラスにしかならない。そんなに花染華頂に振り回されてないのに、これぐらいでへばるのは共感するけどな。


 4人のもとへ着くと、息を吹き返したように千秋が言う。


 「もう来たのか?立てないってか立ちたくないぐらい疲れてるから、全然ここに座ってたいわ」


 「俺が書店行く時は疲れてなかっただろ。何があってそんな疲れるんだよ」


 行ってくると言った時の蓮と千秋は、まだ安定した呼吸で欠伸をするぐらい余裕があった。しかし今は項垂れ、はぁぁ、っとため息を溢している。たったの10分程度でここまで変わるのか?


 「俺の隣りにいるやつのこと考えれば分かるだろ?宝生蓮様だぞ。どこか知らない高校の女子に話しかけられるし、連絡先交換で騒がしいし、とにかく休めなかったんだよ」


 「ああー、それか。まだ慣れてないのかよ」


 「当たり前だ。一生慣れるとは思えないな」


 学校ですら1年生ながらも、1番モテると言われる男だ。そりゃ、他校の女子からもモテるだろうし、話しかけるチャンスと思えば自然と体が動くだろう。


 「俺はただ聞かれたことに答えてただけだ。それに悠也だって話しかけられはしただろ?」


 「それは迷子の子供に場所を聞かれるとか、優しい老夫婦に『疲れてるみたいだからアメ舐めな』って言われるぐらいだろ。お前のはこんなほっこりするようなことじゃなくて、ガチガチの羨ましくてウザいことだから疲れるんだよ」


 「……違いがよく分からん」


 「あははっ、変わらないね、宝生くんは」


 「そうか?」


 何がおかしいのか、それはもちろん分かってない。イケメンという最強のステータスを持つが、鈍感であるため何事においても鈍い。故に自分の話になると何もかもを理解するのが遅くなるので、こういう話には『?』がつきものだ。


 周りのガヤガヤには負けるものの、普段俺たちが学校で会話する時よりかは圧倒的に騒がしい。花染や華頂の笑い声が全力だからだろうか、夏休みに浮かれてテンション爆アゲだからだろうか。


 多分全てをひっくるめて、幸せだからだろう。だから俺も余韻から、今がさらに楽しく感じるのだろう。疲労感など意識から外れ、目の前の笑顔のキレイな集団と一緒にいられることを心から嬉しく思っている。


 「ところで隼くんは書店で何を買ったの?」


 華頂がグリッと話を曲げて話題のカーソルを俺へ向けてきた。


 「何も買ってない。あの書店広くて目当てのものを探そうとしたけど、見つけられなかった」


 完璧な躱し方だろう。まだ伊桜は書店から出てきていないので見つかることもない。多分あそこで3時間は余裕で居れるだろうから、気を使って出てこないなんてことはないはず。それでも若干、隠れてもらってるようで申し訳なく思うが。


 「そうなんだ。でも分かる。あそこ私も行くけど、全部見て回るのに10分とか絶対に無理だもん」


 「華頂もよく行くのか?」


 「たまにだよ。読んでる漫画とかラノベとかが発売されたら行くだけ。それ以外はこのモールにすら来ないよ」


 「そうか」


 右手に提げた紙袋をゆらゆらさせながら書店について語る。このモールから、4人の中で1番近く、同時に最寄りの書店もここだという。ならごくごく自然である。もしかしたら伊桜とも出会ってたりするのかもしれないな。いや、教室では陰キャであり外に出てもそれは変わらないのだから、出会ってたらバレてるだろうし、まだ未接触か。


 「よし、それじゃ千秋くんも宝生くんも立って何もすることないなら帰ろーう!」


 誰よりも元気。流石は天真爛漫な花染だ。この人混みの中にも負けず、気合いですり抜けていくのはもはや力技だ。今も腰に拳をあてて、ガキ大将のように元気さを滲み出している。


 可愛いが似合う花染だから可愛く見えるんだろうな。


 元々、暑くてすることなんてそんなになかった俺たち5人は、買い物を終えたらすぐに帰ろうと決めていた。なので誰も文句を言わない。文句より、むしろ今日の買い出しで改めて遊ぶのだということを感じたのでワクワクが止まらないだろう。


 長居することも、この千秋の有様を見て得策ではないと判断したのだろう。まったく、蓮のモテ度といい、千秋の人助けしてしまう優しい人オーラといい、男子陣は疲れが溜まったようだ。


 女子の前ではなるべく元気でいろよな。


 こうして俺たちは高校夏休み初の5人で集まった日を、なんとなく過ごした。いつもと何も変わらない、普段通りの俺たちに、これからもこの関係は続いていくのだろうと確信した。


 まぁ、俺は少し得をした感じだけどな。

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