第16話 来年の約束

 会話を始めてから5分弱が経過したが、女子の早めに選ぶは早くないらしいので、予定通り10分はかかるだろう。なので単純計算であと5分は伊桜とのデートを楽しめるというわけだ。


 伊桜もその場から足を動かさないのは、俺と話しているからではなく、まだお目当てのものを見つけられていないから。絶対に俺の邪魔が関係しているだろうが、それに対して全く文句を言わないのだからこの女子は性格も美少女だ。


 好きの手前まで今日1日で来れそうな気がする。


 もうもらっちゃっていいですか?


 「アホな天方くんは泳げるの?」


 「わぁお、突然悪口からの質問ですか。質問の内容に関してはYESが答えですけど、ストレートに真顔で聞くことじゃないぞ?」


 「なんだ、つまんないの」


 俺の指摘にも無視を決め込む。決して自分良ければどうでもいい、なんて性格の悪い女子ではない。多分俺の扱い方に慣れてきたんだろうな。


 「その質問的に伊桜は泳げないってことか」


 「いや、泳げるよ。普通に泳げますけど」


 「そうかそうか、なら海とか川で思い出は作れないなー。いや、教えるってことで、それはそれで作れるか?作れるな」


 「……自問自答中悪いけど泳げるって言ってますが?」


 「そのメガネを人差し指で支えながら見るのめちゃくちゃ好きだわ」


 「ねぇ、話しが飛びすぎて意味分かんないんだけど。もっと整理整頓出来るように脳は機能しないの?」


 呆れた様子。俺も我ながら好き勝手話していると、バカな自分が出ていることにアホらしさを感じる。でも、そう思えるのが、俺自身楽しめていてストレスを感じていないという証拠でもある。


 周りは誰もいないし、書店のため静か。まさに2人だけの空間のようで、その気になってしまうのも無理はないのかもしれない。


 「俺の脳はシワッシワでやんちゃだからな。天才故に言うことを聞いてくれないんだよ」


 「もうバカには付き合ってられないよ?」


 「……いい加減止めるか。疲れるんだよな、バカを演じるの」


 「都合のいい脳みそだね」


 そのバカは偽りじゃないでしょ?という顔だ。上目遣いのように目を細めながら見てくるその顔は、華頂と花染を抜いて俺の中では1番だ。好みでその3人は分かれるだろうが、多分伊桜の人気は相当なものなのだろう。


 「まぁ、とりあえず、海に行きたいアピールされたから、今年か来年にでも行くか!」


 「え?アピールしてないけど?」


 目を開いて驚く姿からは、何言ってるの?勘違いも甚だしいと言われているようだ。全くもって可愛いやつめ。クールビューティーも持ち合わせてるとは、この世の神は伊桜を好きすぎてるらしい。


 「泳げるって2回も言ってたから、それほど行きたい熱意があるならって思ったんだけど」


 「あれは天方くんが巫山戯るって先読みしてたから強調しただけ」


 「なんだよー。でも、行きたくないのか?別に今年は俺の家で思い出作るから来年でも良いぞ」


 「人が多いとこはあんまり」


 「なら川だな」


 「今年いつメンで行くんでしょ?」


 「伊桜となら今年でも全然行きたいけどな?」


 「……何言っても無駄ってことでしょ。このパターン読めるようになってきたよ」


 その通りだった。水着が無いとか言われても、一緒に買いに行くと言うし、今年がだめな理由を言われても来年って言い続ける。俺が嫌いだからとか言われたらそれはもうツンデレとしてプラスに捉えて逆に押し込む。


 本当に無理な場合は空気感で伝わるので、メリハリはついてある。


 「だから来年かな。今年は多分いい思い出作ってだろうから、満足するだろうし。来年も楽しみがあるならそれでも良いって思うから」


 「ははっ、押し負けたな。でも嬉しいわ。ありがとな」


 これは伊桜だけの思い出作りではないのだ。だから感謝の気持ちは常にあるし、付き合ってくれる優しさには頭が上がらない。


 もちろん拒否されることも視野に入れている。でも、その前に拒否されるような提案はなるべくしようとしない。無理を言ってお願いをして、聞いてもらってもあまり気分よくないし、関係性が崩れるだけだ。


 こうして俺と来年の約束までしてしまったのだが、伊桜は賢い上に気づいてないことがあった。それが来年の夏の約束をしたのなら、それまでの期間、友達として思い出作りをするのだということに。


 これを知って嫌だとは思わないだろうが、天方に冷やかされることを何度も受けなければならないと考えると、少しばかり億劫だったりするんじゃないだろうか。


 俺はニヤけてしまった。バレたら「うわ……」って引かれるので密かに。それもガッツポーズしながら。


 そしてやっと、それと同時にスマホの通知音が鳴らされる。大きくはないが、耳には聞こえる程度、周りの邪魔にならない程度には設定している。


 「はい、デート終わり」


 「この通知が関係ないものだったら良かったのに」


 しっかりと『宝生蓮』と相手の名前とともに、戻ってきた、とメッセージがきていた。


 「何言ってるんだか。さっさと帰れ」


 「いつも別れ際冷たいよな」


 「引っ張ると長居するでしょ?」


 「まじで俺の扱い方分かってきたじゃん」


 これが美少女の生まれつきで持つと言われる、めんどくさい男たちを遠ざけるあしらい方なのだと、身を以って分からされた。


 「そんじゃ、会えてよかった。また今度な」


 夏休み最大級の笑顔で別れを告げる。名残惜しいが、そう思えることが幸せだったりする。


 「うん。またね」


 手を振ってくれることがどれだけ心の安らぎになるか、それはもう計り知れない。俺は、書店で本を買ってくるという嘘をすっかり忘れ、両手に何も持たずに書店を出る。


 そして言い訳を思いつく。


 あの書店って広くて目当ての本を見つけられなかったんだ、と。

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