第18話 不思議な気持ち
クーラーを効かせても、自室を出れば、そこは真夏のジメジメした空気感の襲う場所と変貌を遂げる。だから私はそれから逃げるように引きこもりになっている。現在進行系で同じことをする人はこの日本に何人も存在しているだろう。だって夏休みなんて、予定が毎日詰め込まれる人なんていないんだから。
暇な夏休みの1日を何して過ごすか、それは単純に趣味で暇を潰すだけだ。私のような引きこもり検定1級の持ち主なら、本が2冊もあれば1日を過ごすことなんて簡単だ。今も、面白そう、読んでみようかな、なんて思ったライトノベル小説を読み進めては退屈を紛らわせている。
これは以前、天方くんとたまたま出会った時に購入したもの。もしかしたら私のストーカーを本気でしていて、書店に入ったのを良いことに話しかけてきたのかと思ったが、いつメンの買い出しと聞いて安心したのが思い出される。
そこまで変態とは思ってないが、私に対する好感の持ちようが人並み外れているようで、不思議でしかならないのと同時に、どこまで行っても私の嫌だと思う領域には入らないと確信もしている。
完全に勝手な思い込みであり、勘でしかないけど。
でも天方くんとは自然とそんな関係が結べる気がしている。そんな思い通りに物語が進むわけでもあるまいし、疑心暗鬼な部分もあるっちゃあるけど。
ああ、まただ。本を読んでいても天方くんのことを頭に過ぎらせてしまう。好きでもなく、どちらかといえばまだ全然友達としての関係すら怪しく、好意を抱くに値しないのに。
とはいっても、過る理由は1つだった。
『ほらー、思ってたよりキレイな川だぞー』
これで何度目だろうか。遡れば分かるが、面倒なのでスクロールなんてしない。
天方くんは現在いつメンとキャンプ中らしい。その情報をメンヘラに頼まれたのかと言わんばかりに逐一報告してくる。ピコンと通知音が響けば、それはもう天方くん以外の何物でもないほどには届いている。
「まったく……楽しそうでなにより」
嫉妬はない。ただ、天方くんの性格を知るが故に若干の嬉しさはあったりする。友達を大切にし、友達のペースに合わせて行動するのが得意である天方くんは、自分を出すことが苦手なタイプだ。だからこうして友達との写真の中に、心から笑っている天方くんがいると保護者的立場からニコッとしてしまう。
通知音をミュートにしないのは、そんな天方くんを見るためでもある。どうせ本なんていつでも読める。でも写真とはいえ、今この瞬間を楽しんでる天方くんを見れるのはその瞬間だけだ。今笑ってるんだろうな、そう思うとやはり保護者になり嬉しかったりする。
それから10分ほど連絡が途絶える。ここで、多分泳いでると思った私は読書を再開する。栞を挟んだとこからページを捲り始めると、そこからはすぐに集中してしまい手が止まらない。
なんてことはなかった。
「こないんだよなー」
ページを捲るごとにスマホを見ては通知がきていないか確かめる。自分でも重症だと自覚するほど、天方くんからの報告を待っていたのだ。これでは過保護すぎる親のようで、情けなく思うのはもちろん、恥ずかしい気持ちも生まれる。
花染さんと華頂さんという対男子最強女子と同じ場所で、水着を着て遊んでいるというのに嫉妬は本当にない。羨ましいとも思わないが、気にはなる。この気持ちをなんというのか知らないから表し方も分からないけど、とにかく重症なんだとは思う。
まだ嫉妬してると分かるなら、好意を抱いてるとか自分のことを知れるんだけど。
「好意……」
私が演じる理由。それが消えない限り、私は好意について知りたいとも深く追求したいとも思わない。持ちたいとも思わないし、持たれたいとも全く思わない。
額に出来た一生消えないという傷を触りながら、歳相応のことを考える。本を読む態勢は基本寝転んで肘をつく。なのでそのまま横たわって仰向けになりながら記憶を遡る。
が、やっぱりやめた。性に合わないことをするのは好きじゃないからね。
ここで再びピコンと通知音が鳴る。仰向けのまま手だけ伸ばしてだいたいの位置を手で探しながらスマホを掴む。これが怠け者引きこもりのスマホの取り方だ。
『公式』
「……最悪の気分」
天方くんからの通知だと思っていたのに、それを裏切られるのは実に気分が悪い。それも公式という全く意味のないところからなので、むしゃくしゃを晴らす相手もない。
絶対に公式は消してやる。そう願ったのは今回が初ではないが、今回はガチガチのガチだった。
「はぁぁ、そりゃ、泳いでるっていうのに短時間で送るわけないよね」
手を額の上に載せ、仰向けのまま今の自分の気持ちを整理する。どうしてこんなにも気になるのか、それはもう解明されなくていいと思っている。とりあえずこの落ち着かない気持ちを落ち着かせたい、そう思うように切り替えた。
二泊三日のキャンプだと言っていた。もしその間この連絡が続くのなら、私は耐えられるのだろうか。謎の気持ちには謎なりの気持ち悪さがあるから、出来ればもう感じたくないのだが。
これが親の気持ちなのかな?
こうして天方くんに振り回されることで、私の何気ない1日も、天方隼という友達と他愛もない会話をしたという思い出が小さくだが作られることになった。
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