第11話 夏休みの予定は連絡先から

 関係をダメにするっていうのは、言い換えればお互い依存関係になるようなものだ。一緒に居て落ち着く友達とは気が楽でずっと居たいと思うように、そんな関係である俺たちは、俺なら伊桜、伊桜なら俺以外に乗り換えることが出来なくなる。


 一生を添い遂げるのなら全然良いんだろうが、まだ高校生で、世間では未成年として扱われる歳である俺らには早すぎる話だ。


 高校で結婚の約束してそのまま結婚まで辿り着いたカップルはめちゃくちゃ少ない。だから今の俺らにはそれを成し遂げることが出来るとは到底思えない。


 「早く説明して帰ってくれたら嬉しいんだけど」


 「友達にそんなツンツンするやつが居るかよ。美少女らしく可愛く包んで言えないのか」


 「可愛いとか私には興味ない。だから早く帰るか早く帰れ」


 「それ、どっちも同じ意味だろ」


 伊桜はこの通り、俺をまだ気に入ってはいない。


 俺は全然気に入ってるし好きなんだけど、それは絶対に伝わってない。全て冗談に捉えて、犬を手玉に取るように俺で遊んでいるようなものだ。


 「とにかく、夏休みはどうせボッチの予定なんだろ?」


 「もちろん」


 「なら、遊ぶチャンスだ。夏休みが1年で1番思い出作りに向いてる時期だろ?その機を逃すわけにはいかないしな」


 とは言いつつも、思い出の内容によって1番向いてる時期は変化する。夏は友達との思い出作りに向いていて、冬は彼氏彼女との思い出作りに適してると俺は思う。


 しかし恋愛経験なんて皆無。冬にカップルが適してると思うのは単にクリスマスが脳裏にこびり付いてるから、それだけの理由だ。つまり好きということがどんな鼓動を伝えるのか、どんな気持ちにさせてくれるのか、俺はそれを知っていない。


 「遊びには付き合うけど、内容には私は関わらないから勝手に決めたとこに連れて行ってね」


 「それは伊桜との思い出作りにならないだろ」


 「別に今行きたいとこないもん。思い出は作るのありだけど、場所が思い付かないから結局は作れないの」


 背筋をピンと伸ばしたまま、メガネをクイッと上げる。


 「それに2人ってなると出来ることは限られるでしょ。海水浴とかキャンプは学生2人でする事じゃないし」


 「確かに、そう言われると限られてくるよな」


 どの道、演じる理由がある限り伊桜を海や森という人が集まるとこに連れて行きたいとは思っていなかった。2人だけで出来る思い出作りを試行錯誤するしかないらしい。


 「なら、家で遊ぶか?夏っぽいことはそんなに出来ないかもしれないけど、最近だと意外と家でも夏を味わえるらしいからな」


 「家?私の?それとも天方くんの?」


 なんとしてでも遊びたい俺に不満を抱いた様子のない伊桜。やはり暇をしていたのだろうか。少なくとも幸せに満足はしていなかったのだろうと理解は出来た。


 「俺、一軒家に一人暮らししてるから俺の家で考えてたけど、伊桜はちなみにどうなんだ?」


 親は仕事の都合上、俺を残して引っ越して行ったので、俺は高校入学してからずっと広い我が家を1人寂しく右往左往している。


 「私は両親と姉と4人で暮らしてるけど」


 「なら、俺の家でいいんじゃないか?別に変なことは、したいと思うだけで、手を出すことは絶対にしないので」


 「全然信じられないんだけど。でもまぁ、君がそういうことする人じゃないって分かってるから気にしない」


 俺に好感を抱いた日からずっと観察してきたような言い方。それは言い過ぎかもしれないが、俺の知らないとこから俺を観察していたのは間違いないな。


 伊桜の方がストーカーじゃね?


 ただ見られているだけなのでストーカーなんて大げさなものでは決してない。分かっていてもいつかそう言ってイジってやりたいとは思った。


 「意外と遊ぶことに乗り気だったりする?」


 「楽しいことが天方くんと出来るなら良いかなって思うだけで、乗り気と言えるほどワクワクしてないよ」


 「ツンデレだな」


 「これでツンデレとか、やっすいツンデレだね」


 「自分に言ってるのかよ」


 「違うよ」


 自覚はないらしい。それなら日々の生活困るだろうな。素直になれないのは意外と大変なことだからな。


 ここまで会話をすれば分かるが、伊桜は俺の知る人の中で誰よりも関わりやすい。初対面からそう感じていたが、何度もキャッチボールを繰り返すと、より深みが増して意味の成さない会話が楽しい会話に昇格している。


 幼馴染の蓮よりも関わりやすいのが、まさか異性の陰キャを演じる伊桜なんて誰が予想出来た?あのノストラダムスでも無理だろ。


 「予定日を決めて、それに詳細とか連絡する必要もあるから連絡先も交換するか」


 「うん、分かった」


 お互いカバンからスマホを取り出し交換する。黒のシンプルなスマホケースはスマホケース界の伊桜のようだ。


 何事もなくスムーズに交換しているが、男女の交換を抵抗なく、何も思わず出来たのはこれが初めてだったりする。やはり伊桜となら無駄な気を使わないでいいので、意識することが減って楽だ。


 「どうも。それじゃ俺は言われた通りさっさと帰りますので、ごゆっくり」


 予定はない。だがここに居るのはが起こる可能性があるので、テストの終わった今日から長居は出来ない。


 「うん、早く帰れ」


 「おいおい、そんなんじゃ俺から好意持たれないぞ」


 「必要ないから大丈夫」


 「ホント、可愛げないな」


 「可愛いより大人の色気とか美人らしく振る舞う方が私の顔に合ってるし」


 「……その通り過ぎて言い返せない」


 辛辣な言葉だが、言い方は柔らかいという変な矛盾を胸に俺はそのまま図書室を出た。

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