第8話 思い出作り

 思っていたより嫌がる伊桜は顔にも出していて、下げられた眉は更に下に下がっていた。


 気持ち悪いものを見た目だ。


 「嫌がっても逃さないからな」


 「逃げるつもりは毛頭ないよ」


 あれだけ嫌なのを顔に出しても、心はそんなことないらしい。優しく、ツンデレとはまさにこのことなのだろうか。


 そうして、何故か俺の視線が気になるからという話で始まった会話も、いつの間にか仲を深めるために隣りに座って会話することに変更されていた。


 これも俺の計画のうちと言ったらどんな反応を示すだろう。褒める?いやないな。きっと信じないで終わる。


 何もかも諦めた様子で本とともに俺の隣の席に座る。


 もしかしたら誰かが来る。そう言っていたがホントはそんなこと思っていない。そうでないとこんなに堂々と躊躇いなく承諾することはない。


 「それで、何を話してくれるの?」


 あくまでも自分は問われたことだけ答える君のロボットですと言っているような問いかけだ。自分から何か話を切り出すことはしなさそう。


 それは俺が話を繋いで行くことで何とかできるが、ネタが無くなった時に気まずくならないように気を付けながら、テンポ良く進める。


 「俺たちのこれからについて、とかだな」


 「これから?」


 「どうせ友達は俺だけなんだろ?だからこれから俺とどう過ごして行くかを話すんだ」


 確信していて申し訳ないが、今の伊桜を見る限り、知る限り友達が居るとは思えない。いや、作っているとは思わない。


 1人で居る姿しか視界には入れたことがないのも事実。


 なんか申し訳ないな。


 「どうもこうも、何も出来ないって言ってるじゃん。私が協力する気ないからテスト期間限りの関係になるだけだよ」


 「ホントに?」


 「マジです」


 「それなら無理矢理俺に付き合わせるってのはありか?」


 俺は引かない。俺の好奇心は止まることを知らないのだ。伊桜が本気で嫌がれば俺もそこで止まるが、今は本気ではないのが重々理解できている。


 「……なんでそんなに私と関わりたいの?魅力があるからってだけでここまでしないでしょ」


 「それは、伊桜の学校生活を充実させたいからだな。いや、学校生活ってより高校生として楽しめることを楽しんでもらいたいからだ」


 本は閉じたまま、メガネの奥にあるクリッとした目がキョトンとしている。説明を求めているようだ。


 「前言ってたよな。今でも幸せだって。でも俺にはその時の伊桜の顔が幸せを感じる人の顔に見えなかったんだよ。だからホントはもっと遊びたいとか、笑い合いたいとか思ってるんじゃないのかなって。もしそうなら全力で手伝う気で居るんだ」


 図星を突かれたのか目を逸らし、本に目を向ける。


 答えが書いている訳ではない。


 「……天方くんはお人好しだね」


 語気は弱い。でも声は聞きやすく心地よい。癒やされるという表現がまさに合うような、そんな声色だ。


 「そうか?もしそうなら伊桜にだけかもしれないな。初めて言われたし」


 俺には似合わない、勿体ない言葉だ。


 「そう。――良いよ。天方くんの言うように私に幸せを感じさせてくれるなら、私は君とパートナーになるよ」


 考える時間はしっかりあった。その上で俺の耳に届いた言葉は完璧なものだった。


 「後悔はさせないから心配も必要ないぞ。俺は伊桜と【思い出作り】をするために頼んだんだしな」


 思い出作り。それは学生が自然と作り、持つものである。海水浴やクリスマスといったプライベートから、体育祭や文化祭といった学校行事まで幅広く存在する。


 もちろん意図的に作ることだって出来る。


 俺は思う。思い出は自然と作られるより、自分たちで意図して作った方が絶対に楽しいんだと。そうする方が記憶にも残りやすいから思い出にはピッタリだろう。


 「みんなにはバラさないでね」


 「もちろん。俺らの最初の思い出が秘密を共有したことだからな。土台から台無しスタートはお先真っ暗だろ」


 「それもそっか」


 秘密の共有を思い出と言うのかは知らない。そもそも思い出に基準なんてないだろ。だからこれからは些細なことでも2人が笑い会える瞬間が思い出となるだろうし、2人が仲を悪くすることだって思い出になる。


 何が起こるか分からない。未知だからこそ惹かれる関係なのだ。


 「でも、天方くんは人気者。暇ないんじゃない?」


 「そんなこともないぞ。俺は4人と比べれば影薄くて光るとこもないから、意外と陰キャしてる」


 「天方くんがそう思っててもみんなは違うと思うよ。特に……」


 「特に?」


 「いや、何でもない」


 喉まで来ていた言葉も寸前で止められたことに驚いただろう。何か言ってはいけないことでも言おうとしたのか、言わないことにホッとした伊桜がいた。


 「ならいいけど。とにかく俺は伊桜と関われる時間は大量にあるってことだ」


 間違いない。4人とも遊ぶことは少ないので、良く1人で帰宅したりしている。その時間すらもしかしたら……と考えるだけでワクワク感が込み上げる。


 「天方くんはいつものメンバーと遊ぶ方がより充実した生活送れると思うのにな。面白くて可愛い2人に面白くてカッコいい2人。これ以上のメンバーはこの学校にないのに」


 「なら、それ以上の惹きつけられる魅力が伊桜にはあるってことだな!」


 「……それはどーも」


 4人のことは否定しない。まさにその通りで、なぜ俺が混ざれているのか不思議なくらいだ。


 そんな4人と接しすぎた俺は刺激を受けなくなった。だから伊桜に興味を持ったのかもしれないな。

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