第6話 屁理屈は有効に使う

 「でも、友達だとしても勉強場所は変えてね?」


 「そこ戻ってくるんですね……」


 ここで一緒に勉強を、いや、勉強を教えてもらうために友達になってと頼んだのが3割ほどある。しかしそう都合良く物語は進まないのが俺の人生だ。


 「もちろん。演じる私と友達になっただけだからそこはしっかりと、ね?」


 「分かったよ。友達になってくれただけでも頭が上がらないんだ、言われた通りにするよ」


 「聞き分けがいい人は嫌いじゃないよ」


 「それは良かった」


 嫌いじゃないだけで、好きとは限らない。出会って時間も浅い俺たちに好き嫌いが生まれるような時間はまだ過ごしてないしな。


 言えることはお互い前進したということ。伊桜は初めての友達だろうし、俺は引っ込み思案が少し解消されたので、これはこれからの関係にいい兆しとして現れてる気がする。


 今日はもう満足だ。勉強に力を入れれるほど集中も出来そうにない。


 俺は伊桜に1言掛け、自分の席へと戻り片付けをする。赤点よりも優先することなんてないが、今日だけは特別だ。


 こうやって毎日毎日ズルズル引きずって最終的には後悔するんだろうな……。


 「あっ」


 シャープペンシルを筆記用具に突っ込む時に思いついた。


 「俺じゃなくて伊桜が教室で本を読めば良いんじゃないか?それなら俺はここで勉強出来るし」


 「本はテスト期間中に貸し借りは出来ない。だから私はここに居るの。テスト期間じゃなかったらありだったけどね」


 「……タイミングに負けたわ」


 抜けてる部分が多い俺に対して、1つ先の回答をしてくる伊桜は流石だ。成績優秀なだけある。もしかしたらテストですら本気で取り組んでなかったりしてな。


 テスト期間……めちゃくちゃ呪うぞ。


 「それで、まだ残るのか?」


 「うん。残らなくても一緒には帰らないけどね」


 「……先読みするなよ」


 「先読みされやすい自分に言って」


 「先読みされるなよ」


 「ホントに言うんだね」


 このタイプは初めて見た、と言わんばかりの顔だ。俺自身、初めてこんなやり取りをしたが悪くはない。むしろ良い。


 秀才には俺はどのように見えているのだろう。ただのバカ?運動だけのバカ?なんの取り柄もないバカ?全部最後にバカが付けられても可笑しくない。


 多分シンプルなバカが正解だな。


 「それじゃ、俺は先に帰る」


 「うん。また明日」


 「ああ、な」


 カバンを肩に掛け静かに図書室を出た。閉める序に伊桜を見たら目が合う。全て読まれているらしい。


 恐怖を感じ、そのまま背を向け帰宅した。


 ――「隼くんは今日も勉強?」


 翌日の放課後、いつものメンバーで会話中、いきなりでもなく流れるように花染から話題が振られる。


 「毎日勉強しないと夏休み貰えないからな。嫌でも毎日勉強だ」


 「ふーん、大変だね。今日部活休みだし、私が勉強教えても良いけど?」


 花染は女子バスケ部。毎週水曜日が休みらしい。


 No1美少女と言われるだけの顔面を持ち、成績優秀でスポーツ万能という稀に見る天才の女子だ。そんな人からのお願いなのだが……。


 「ありがたいけど今日は遠慮させてもらうかな。だからまた今度教えてくれ」


 「おっけー。今度ね」


 助かるのは助かる。でも今日は先約があるので無理だった。約束は一方的にしかしてないので先約とは言えないのだが。


 「私たち部活組は部活行くね。2人ともまた明日」


 華頂の華やかな笑顔と心地よい声色で別れを告げられる。


 とても幸せだ。


 それにしてもこの学校、No1美少女が人気もNo1ではないらしく、顔面も強く性格も面白いと言われる華頂姫奈が人気枠を1位で独走している。


 「私も帰るね。バイバイ隼くん」


 「うん、また明日」


 3人仲良く部活に行く姿は輝いて見え、1人で帰る花染の後ろ姿は3人に劣ることなくオーラを放つ。美少女とは謎が多いのは決められた方程式なのかもしれないな。


 数の少なくなったクラスを見て俺は今日ここで勉強するのか、とそんなことは思わず、今日も図書室へ向かうことを決めていた。


 伊桜の姿はどこにも見当たらない。既に図書室内で姿勢良く本を読んで居るのが安易に想像出来る。それほど本が好きなのだろう。演技ではないらしい。


 そして俺は昨日のことを忘れたかのように堂々と図書室へ向かう。なんで来たの?と聞かれたいからではなく、赤点を取らないために。


 ――目的地に着くとそこから中を覗いても人の姿は見当たらない。今日は帰ったのかと思ったが毎日通う人がいきなりなにもない日にそういった行動をするとは思えない。


 とりあえず、伊桜が居ないのなら今のうちに入室する方が良いだろう。


 扉に手を掛ける。


 「懲りないね」


 「わっ!」


 「来ないでって言っても来るんだから、そんなに私が好きなの?」


 後ろからする声に誰かと振り向かずとも分かる。気配もしなかったのに急に声を発するものだから驚くのも無理はない。


 「伊桜……」


 「何」


 「いや、何もない」


 「そう。なら早く入って」


 「……はいはい」


 調子は崩さない。ニセ伊桜は低い声で陰キャオーラを纏わせ、早く行くよう催促する。


 傍から見れば邪魔をされた人とした人に見えるかもしれないが、一応友達のやり取りだ。邪魔は一切ない。


 「なんで今日も来たの?」


 席につくと早々、背中を向けたまま問いかけてくる。


 「テスト期間は俺が勉強するためにここに来てるってみんな知ってるから隣の席に居たり、話したりしなければ怪しまれることはないだろ?それに昨日伊桜も言っただろ」


 「なんて?」


 「また明日って」


 「……屁理屈だけは冴えてるみたいだね」


 言い訳過ぎるが、別に気にしてない。伊桜だって本気で迷惑がってる様子じゃないんだ。このままでもいいだろう。

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