第5話 まずは友人として

 「それで、天方くんは今日も勉強をするためにここに?」


 「それ以外で来ると思うか?」


 「一応聞いただけ。もしかしたら私に会いにここまで来てるかもしれないし」


 「んー、無きにしもあらず」


 「やっぱり?それならストーカー被害に遭ってるって訴えようかな」


 驚きの連続だ。伊桜が冗談を頻繁に言うこと、そして明るい性格だということが次々に目の中に飛び込んでくる。きっと演じる理由が無ければ今ごろ俺たちのグループに属していただろう。そう思うには当然なほどに意外性たっぷりだ。


 そんな伊桜に俺は自然といつも通りの会話が出来た。


 初対面なら絶対にしどろもどろの俺が、なんの気負いもなく会話が出来ているのは奇跡であり前例の無いことでもある。


 「辞めてくれ。まだ高校生活始まったばかりだぞ?夏休み前に問題児として定着したくない」


 「なら明日から違うとこで勉強するしかないね」


 「……そう言うなら伊桜が場所を決めてくれよ。俺は図書室以外に集中出来て静かな場所は知らないんだ」


 学校で静かな場所なんて、授業の無い理科室や音楽室といった普段使わないとこ以外にあるのか?


 それに放課後なら部活があるので使えなくなる。よって図書室以外考えられることはなにもない。


 ちなみにこの風仙ふうぜん高校はテスト期間でも部活が停止しない。勉強は家に帰って部活の後にするようになっているので、空くことは部活で決められた休みの日以外にない。


 「んー、教室に残ったら?みんな部活行くし、残る人も騒がしくはしないでしょ」


 「あー、なるほどな。その考えがあったか」


 灯台下暗し。普段授業を受ける教室は嫌なことばかり考え、最悪ぼーっとするだけなので勝手に勉強場所として消されていた。


 しかし言われてみれば、そこまでグラウンドから音は聞こえないし人も居ない。それなら図書室と変わりはないのだ。


 「そういうことだから天方くんは明日から図書室は出禁」


 「出禁って……そんな1人で居たいのか?寂しいぞ?」


 「慣れれば寂しくはないよ。それに友達も求めてないし、今でも十分幸せだから」


 幸せの基準はもちろん人それぞれ。しかしあまりにも基準が低いと俺は思う。プライベートについては何も知らないが、少なくとも学校での伊桜はそうは見えなかった。


 こうして素、または素に近い伊桜を見れた俺から言わせてもらうと、逆に演じる理由と演じることが自らの学校生活の足枷になっている気がして落ち着かない。


 登校から下校まで伊桜を見続ければきっと、演じるニセ伊桜の正体が分かるはず。いつ如何なる時に幸せを感じているのか、それが知れれば本当のことを知れるんだろう。しかしそれは伊桜の琴線に触れることになる。仲も良くない間柄で詮索するのは良くない。


 「ふーん。俺とは友達になってくれないのか?」


 「友達になっても関係が変わることはないでしょ。天方くんが友達になるのは私の演じるニセ伊桜怜。そんな私は面白くないよ」


 「こういった場所だと素を見せてくれても良いだろ。それにニセモノだって知ってる側からするとそれも面白いぞ」


 ある人の秘密を知っていて、その人が誰にもバレてないと思ってやっていることを自分は知っている。そんな側からすれば色んな面白さの見方がある。その1つがこれだ。


 「誰かに見られるかもしれないし、何回もここに来れば勘づく人もいる。特に天方くんみたいに人気でモテる人なら女子に勘づかれてバレるってこともあるよ」


 「自慢じゃないが、俺生まれから今まで告白されたことないぞ。今モテてるわ!って思ったこともないしな」


 「まぁ天方くんはそういう人だから聞き流すけど、結局は無理なの。友達になることを提案してくれたことは嬉しい。でもそれは上辺だけの軽い友情で、私はそんな友情は欲しくない。しっかりと心の底から良いと思い合える人と友達になりたいの」


 「まずは上辺だけでも良いんじゃないか?」


 「え?」


 不思議なものを見る顔をする。この表情も前髪が掛かってなかったらキレイな顔とともに顕になってただろう。そう思うと勿体ないと思う。


 「心の底から友達になりたいと思わなくても、まずはお試し期間として適当に気が合うか話してみる。それでお互いの相性を確かめたって、それからでも友達になるのは悪くないだろ」


 友達の理想があっても、結局は理想だ。どんな理想があっても、少しでも自分の気持ちを動かす人が現れたらその人に興味を持つ。それが人間。


 その人がどれだけ理想の外に居ても、不意に起きるアクシデントに動く心には勝てない。今の俺のように、陰キャだと思っていた人が美少女だったってそれだけで心を動かされて、今は勉強のためじゃなくて会いたいという理由でこの場に足を運んでいるんだ。


 理想はあくまでも自分の基準であり設定。だからそれを超える【奇跡】と呼ばれる現象が起こるとあっさり負けるんだ。


 「……そんなに私と友達になりたいの?」


 「謎多き隠れ美少女と友達になりたくないって思う俺じゃない」


 「言っとくけど、絶対に楽しくないよ?」


 「それは未来の俺たちが決めることだろ。今から楽しい楽しくないは決めれない。それに、楽しいことだけが友達になる理由じゃないだろ」


 「……私からしたら天方くんの方が謎だらけだよ」


 「褒め言葉として受け取っとく」


 「分かった。友達……言葉にしてなるようなものじゃないけど、なるよ」


 「ありがとう!」


 こうして初めて話してわずか2日、俺は伊桜と友達になった。

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