第4話 好感を抱くのは俺だけじゃない

 翌日俺は、昨日と同じように図書室に向かっていた。伊桜に明日も勉強を教えてくれるかと頼んだとこ、それは無理だと言われ跳ね除けられた。拒否をされるのは悲しいが、それ以上に迷惑を掛けるのは俺も嫌だったので駄々こねすることもなく了承した。


 着くと図書室の外からでも分かる。伊桜は今日も同じ机に、キレイな姿勢のまま座っていた。


 それからすぐ入室すると伊桜はこちらを見る。また来たの?なんて嫌がる表情は全くせず、逆に知っていたといった表情をして見せる。何もかも読まれているようだ。


 お互い何故この場に居るのか理由は知っている。だから余計なやり取りも交わさない。そもそも、それが条件で勉強を昨日限り教えてもらったのだ。今日もなんて贅沢は言わない。


 昨日がループしているかのように同じ席、同じ教科のノートと教科書を開いて置く。ここからだと伊桜の背中も良く見える。正面から見ればきっと変わらない顔を見れるだろうな。


 俺は無言で勉強を始め、続けた。


 しかし、いつもなら邪魔なものが何もないこの状況で集中出来ない訳がないのだが、今日は違った。いや、今日は違った。


 ノートから目を逸らすと視界にチラつくのだ。キレイな黒髪の美少女が本を読む姿が。


 するとその度に脳裏に焼き付いた昨日の伊桜が重ね合わせられ、また見たい、そう思ってしまう。これはあまりにもよろしくない。


 勉強しなければ成績に響くんだ!しっかりしろ俺!


 そう思ったのも束の間、やはり無意識に俺は伊桜の隣に向かっていた。


 ――それにしてもドグラ・マグラ……普通女子が読むような本ではないのは確かだ。それを好んで読むのだからよっぽど可愛いと知られたくないらしい。


 好きで読んでるからそんなこともないかもしれないが……流石に凄い。


 ってか可愛いよりクール系美少女だから、似合ってるって思われることもあるか?いやいや、そもそもドグラ・マグラを知る学生がこの学校に何人居るのか分かんないな。


 とりあえず、本を読む伊桜を見たら男子は99%惚れるだろうな。惜しいものだ……。


 ん?


 俺はここで1つ大きなことが疑問となった。


 なんで俺には素顔をバラしたんだ?と。


 誰にも知られたくないことを俺には教えるという矛盾を感じたのだ。あの時俺から話し掛けられて仕方なく会話をすることになったのは分かる。だからと言って自分からお礼としてブサイクを演じてることを言わずとも、他にも口止めする方法はあったはずだ。


 でも伊桜は何の躊躇いもなく演じる意味を教えてくれた。


 「なぁ、なんで俺には演じてることを教えてくれたんだよ」


 俺は自分の口も声帯も制御出来ないらしい。思ったことをつい口に出してしまい、もう後戻り出来ないとこまで来てしまった。


 やらかした!


 「ん?それは私が天方くんに好感を持ってるからだよ」


 「……え?コウカン?」


 答えるまでおよそ1秒。理解した瞬間に回答をした伊桜の顔に嘘はなく、動揺も緊張も躊躇いもなかった。


 好感?交換?公刊?と、俺の頭では正しく変換することは出来なかった。天方くんにだけ、この言葉が俺を惑わせるには十分な魅惑的な言葉だったから。


 「天方くんの知らないうちに私は天方くんに好感を持ってるんだよ。何1つとして教えないけど、これだけは言えること」


 「……話を難しくしないでくれよ」


 「してないよ。それは頭が悪い自分のせいだよ」


 誰が見ても伊桜が正しいのだろう。今の俺には足し算も引き算も難しく思える。


 50+65=105……ほらな?


 思ったより辛辣な言い方で頭の悪いことを指摘されるが、気にすることはなかった。気にするほど正常な呑み込みが出来ないと言うのが正解。


 「俺に好感?」


 「うん」


 「まだ7月で伊桜とも関わったのは昨日が初めてだぞ。それなのに俺が伊桜に好感を抱かれるなんて、信じれないんだが……」


 これは好意ではなく、好感だ。簡単に言えば良い人と思われてるらしいが、そんな思いを持たれる出来事は記憶にない。


 最近よく聞くお偉いさんの『記憶にございません』とは違う、ホントの記憶にございませんだ。


 「それじゃ、天方くんは最後に靴紐を結んだ時がいつだったか覚えてる?」


 「え?……覚えてないけど」


 「そう、それは天方くんからすれば記憶に残すほどのことでもないから覚えていないの。だけど靴紐からは、結ばれるっていう靴としての性能――人間で言うなら生きるために必要なこと――を発揮するために重要で必要なことをしてもらったっていう記憶が残る。靴にも意識があるならね?」


 俺にも分かるように説明を続ける。


 「つまり、私は私にとって何か重要なことをしてもらったから記憶に残ってるし、それが好感に繋がった。だけど天方くんからするとそれが当たり前とか、気にすることでもないから残ってないってこと」


 「……難しくしないでって言ってるだろ……」


 「……バカは困るね……」


 「うるせぇ」


 難しくあるが、だんだんと俺の頭でも理解が追いつき始める。


 無意識的にやったことが、伊桜の好感に繋がった……か。


 こういう時思うのは無意識的にしなければよかった。その時に時間を戻したいという都合のいいことばかり。


 「何となくだが分かった気がする」


 「別に分からなくても良いんだけどね。分かったとこで何か得られるわけでもないし」


 伊桜しか知らないことは本人からしか聞けない。その本人が言わないのなら気が変わるまで無理なんだろうな。


 俺は伊桜について、再び不思議な気持ちを抱いた。

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