第3話 陰キャ少女はクール美少女
そして伊桜は俺の隣の席に座る。椅子同士の距離は50cmはあったが、教えるためなら近付く必要があると思ったのか両手で椅子を抱えてすぐ隣まで近付いた。
特別何も思わない。が、初対面でありながらよく俺と関わろうと思えたなと、自己肯定感の低い俺なりの思いが浮かんでくる。
伊桜を見ればキレイな黒髪に鼻先が触れそうだ。匂いを嗅ぎたいとまでは行かずとも、どんな匂いをしているのかといった興味は湧く。女子は男子と違いみんないい匂いをしているからな。
そう比較できるほど女子の匂いを知らないが。
ってか女子の匂いとか言ってたら気持ち悪いな。声に出すのは禁止だ。花染や華頂に冷めた目で見られるのが安易に想像出来る。
筆記用具を漁り愛用の0.3mmシャープペンシルを掴む。消しゴムはありふれたメーカーのもの。ノートもルーズリーフでクラスの7割同じメーカーだ。特別はなにもない。
幅を大きく取って余裕を作る。左の席に伊桜は居るので右利きの俺の邪魔にはならない。そもそも右に空いた席は存在しないのだから邪魔になることもない。
「何から始めるの?」
準備が出来たことを目で見て理解したらしく、話し掛けられることで沈黙が消えた。
「何から……集中するにはまず伊桜の話を聞いてからじゃないと無理そうだから、先に話を聞きたい」
「そう、分かった」
言われた通りに話を始めるかと思ったら目の上まである前髪、いや、目がほとんど隠れるほど長く伸びた前髪を額の上までガッ!と勢いよく上げる。
何かに躊躇うこともなく、俺が初めに伊桜のことを聞くことが分かっていたかのようなスムーズさに俺は呆然としていた。
右手で前髪を固定する。次に左手でメガネを摘みスッと引き抜く。するとそこには伊桜と呼べる容姿の少女は存在しなくなっていた。
「この顔を見て率直にどう思った?」
キリッとした目でこちらを見る。下手すれば睨まれているように感じられるかもしれないほどギリギリの表情。これがあの伊桜怜なのか?
「率直に?……んー……キレイな顔立ちだと思ったな」
長いまつ毛に、人形や二次元と呼ばれる世界に居る『クール系美少女』という存在と大差ないキリッとした目。幼い頃に負ったのか、額の左上には横に伸びた1cmほどの傷跡。眉毛もキレイに整えられていて、初めて見る目から上にあるパーツ全てが『完璧』だった。
そんな伊桜の顔を俺は動揺も無く見れるはずもない。そして返答に困った一瞬で様々なことを過ぎらせた。その全てに共した単語、それは『何故?』だ。
聞かれたのなら答える以外道はない。俺は率直に、ただ感じたことを包み隠すことなく答えた。そう、キレイな顔立ちだと。
「ありがとう」
1言感謝するとすぐに前髪とメガネは元の位置に戻る。
やはり、言い方は悪いが陰キャにしか見えない伊桜から、あれほどキレイな顔立ちをしたパーツが見られるなんて、信じるにも限界があった。
そんな俺に信じろとも言わず伊桜は続けた。
「私の顔整ってたでしょ?それは私も知ってるの。だけど……理由があって、整ってない――ブサイクを演じてるんだよ」
「……う、うん」
たとえこれが鼻に掛けられている話でも俺は気を悪くすることはない。きっと今のように動揺が無くとも、それは変わらない。しかし内容の少なさに対して、質が高すぎて処理が追いつかない。だから曖昧な返事しか出来ない。
そしてだんだんと何故関わりを秘密にしたいのか、その理由が明かされる。
「でね、その理由から私は私のことをなるべく人に知られたくないの。だから私を今まで通り、陰キャの伊桜って思って接して、私と関わったことを秘密にしてほしい」
理由は教えない。1つ前でも間があり、その時に理由を話すか話さないか葛藤したのだろう。そして教えられないと判断して、結局理由は不明。
深くまで知ろうとは思わないが、気になることが増えたのも1つ。
秘密っていつでも心の中を擽ってくれるよな。
「おっけー、伊桜がそういうならその通りにするしかないからな。秘密にしとくわ」
「ありがとう」
2度目の感謝。1度目と違い、今回は気持ちの載せられた感謝だった。どれほど関係を知られたくないのかよく分かる。
「なぁ、知られたくないなら、今も勉強教えない方が良いんじゃないか?」
今は公共の場にて勉強を教えてもらっている。2人だけのスペースなら全然気にしないが、誰かが来る可能性のある場所ではマズイ気がした。
「それは大丈夫。入学から今までこの時間に生徒が来たことは1度も無かったから」
「……毎日この時間にここに来てたのか?」
「うん、言ったじゃん。することなにもないって」
「それはそうだけど流石に毎日ここって飽きるだろ」
「私と天方くんの価値観の違いだね。私は飽き性じゃないし、本を読むのが好きだからここに来てるだけ。飽き性で趣味っていう趣味も無さそうな天方くんには理解出来ないだろうけど」
「なんで俺が飽き性って知ってるんだよ」
「見た感じと勘かな」
「まじかよ……」
女性の勘は鋭いとよく聞くが、それは恋愛面だけではなく観察に於いても鋭いのか?しかも当てるのだから軽く恐怖を覚える。
伊桜はきっと俺の取扱説明書も読んでるんだろうな。
そうでなければ納得出来ない。
「ほら、時間も無いんだし次は勉強しながら話して」
「それもそうだな」
教えるだけのキャッチボールより、他愛もない話でもしながらするキャッチボールの方がより楽で空間を和ませるには良いだろう。そう思って言っただろう伊桜に俺も共感した。
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