第2話 衝動的な行動はたまに活躍する

 道のりで言えば200mは走っただろうか。感覚ではそのぐらいだが、正確な数値は不明。捨て台詞から10秒ほどで図書室前に着いた。


 外なのに読書スペースがあるのは本好きからすると嬉しい事なのかもしれないが、実際使ってる人が少ないとこを見るに意味は成されていないように思える。


 図書室って悲しいな。


 取っ手を引っ張り中に入る。するとすぐに図書室の匂いが鼻腔を刺激する。例え難い匂いだ。臭くも良くもない、中途半端。


 本だけがズラーっと並べられ、勉強に使えそうな本からライトノベル小説、漫画といった学業に好ましくないような物も置かれている。使われていないのが信じられないほどキレイに整備されているのはきっと図書委員のおかげだ。


 適当に席を見つけ、腰を下ろす。勉強道具もカバンから取り出し机に置く。来てみて実感したが、ここは勉強に持ってこいの場所だった。冷房も効いていて静か、どこを取ってもデメリットは感じずここなら毎日来てもありかもな、なんて思ってしまう。


 そんな中で俺の目を特に強く止めた人がいた。


 「伊桜か……違う?」


 自問自答を小声で行い、1言零す。


 俺の座る椅子のさらに2つ先、そこには同じクラスに所属する伊桜怜いざくられいの姿があった。確信してはいないが、あの背中は間違いないだろう。


 だとしてもそこまで驚きはしなかった。なぜなら伊桜のイメージ通りの光景が目の前に広がっていたから。


 クラスでも本を読み、休み時間や昼休みといった休憩時間も関係なく1人で席に座る伊桜。頭が良い、容姿が整っている、面白い、接しやすいなど伊桜についての噂はほとんど聞かない。まさに俺からしたら真逆の存在なのだ。


 しかし、真逆の存在だからこそ気になることもある。


 なぜいつも1人なのか、なぜ本を読むのか、好んでそうしているのか、という目で見て分からないことを単純に。


 引っ込み思案の俺にそんなことが聞けるわけない……こともなく、この図書室には俺と伊桜しか居なかったので、引っ込み思案関係なく俺は話し掛けに行こうと決意できた。


 普通引っ込み思案なら出来ない。そもそも気になることがあるだけで動くタイプではない俺が、なぜ今体を動かそうとしているのか不思議で仕方なかったほどだ。


 それでも俺は衝動に勝てない。


 この機を逃せば次が無いかもしれない……。


 「何を読んでるんだ」


 気が付いた時、俺は既に伊桜に話し掛けていた。ホントにこんなことがあるんだと、自分自身信じられない。が、会話を始めたんだ。目の前を信じる以外選択肢はない。


 机の端にポツリと座る伊桜の横から話し掛ける。


 俺、まじでいつから歩いてここ来たっけ……。


 「……天方くん?」


 「うん、天方くんだけど」


 言葉のキャッチボールが上手くいかない。いきなり何を読んでるんだというのは攻め過ぎたと反省をする。伊桜、と名前を呼んで話し掛ければ良かったな。


 伊桜は俺が居たことに気付いていなかったようだ。


 「いきなりごめん。少し気になってな」


 「ううん。謝ることはないよ」


 俺の方は全く見ず、本に目を落としながら応える。対応がダルい人間関係を築いた人に対するそれで、何となく傷ついた気がした。


 気がしただけで実際はそんなことないけどな?まじで。


 「いつも放課後ここに来るのか?」


 「……まぁね。することもないから」


 ここで初めてキャッチボールが完成する。ホワホワと嬉しい気持ちが込み上げてくる感じがする。


 「1人で?」


 「1人が落ち着くの」


 「ふーん」


 つまり1人を好んで居るということ。


 俺も似たようなタイプだ。1人が好き、とまではいかないが、1人の時間が出来るとその時間が好きになる。特に1人で夜の海辺を歩いたりするのが好きだ。何も考えずただ歩くだけ。雲がなく、星が見えるなら更に良し。


 「天方くんは何でここに?」


 本をパタンと閉じて、視線を向けてくる。高校入学して初めて目と目が合い、初めて伊桜から話を振られた。しっかりと見つめ合うことはないものの、逸しながらちょこちょこ表情を伺う。


 「俺は勉強しに来た。テスト近いし赤点取ると夏休みが無くなるだろ?」


 「天方くんらしいね」


 「そうか?」


 俺を知っているかのような発言。俺が学年で有名なことは俺自身も知っている。あまりその立場は好いていないものの、事実は事実だ。嫌でも受け入れている。


 「勉強困ってるなら教えようか?」


 「え?」


 「その代わりに私とここで関わったことは誰にも言わないで欲しい」


 俺の賛否を聞かず、伊桜は続けた。え?と聞き返したもののしっかり意味は理解出来ているので執拗に聞き返さない。


 「教えてくれるのはありがたいが、誰にも言わないでという意味が分からない」


 「それも勉強教える中で話すよ」


 「そうか、分かった」


 移動しなくても勉強する場所によってメモリは変わらないのだからそのままでも良かったが、俺の勉強道具がここにはないと察した伊桜はわざわざ俺の居た机まで一緒に移動してくれた。


 ここに来て伊桜の第一印象は優しいとなった。


 おとなしい性格と思っていたからこんなにもスムーズに会話が出来たこと、そして積極的に問いかけてくれたことがギャップを生む。


 同時に伊桜の情報も更新される。

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