第151話 初めての演説

「これは……すごいなフィオ……」

「大きいよね、これはドワーフが作った設置型の兵器だね、今は防衛に使っているけど、攻城戦に使えるんだよ」


 私がクリスに説明をしているのは、獣人国の最前線の砦兼街の中に設置してあるトレビシェットだ。


 まぁ獣人国が攻める側の攻城戦なんて滅多に無いから、兵士の修練をかかさない為にも、無理やり防衛に使っているとも言えるんだけどさ……。


 ケンタウロスの一団と一緒に行動をしていた私とクリスだが、無事に目的地である獣人国に辿り着いたので、今は彼らから離れている。

 元々移動のお供としての参加だったから問題は無かった。


 ……まぁ……行軍途中で色々振る舞った料理の数々のせいで、ディート含む多くのケンタウロス族達から離脱を惜しまれたのだが……。

 元々が移動時のみ参加という約束だったからね。



 そうして辿り着いた獣人国の拠点なんだけど……ここって私の前世のお爺ちゃん犬獣人が戦死した場所なんだよねぇ……。

 まぁ当時の面影は殆ど無くなって居るんだけど。


 大がかりな改修と拡張工事が行われたそこは、砦というよりはもうお城で。

 街を囲む石壁の高さも厚みも桁違いに強化されていて、城郭都市としてかなり賑わっていた。


「最前線なのに兵じゃない人が多いね……」

「そうなのか? 確かに今まで訪れた獣人国の街の中でも群を抜いて大きい街だとは思うが……」


「クリスは城郭都市なんて初めて来たんだっけか、昔のこの街はもっと小さくて戦闘だけに特化した場所だったんだよ……こんな風に民間人が一杯出歩いて露店も建ち並ぶなんて……考えられなかったんだけどね……」


 前世の私が街に訪れたのは一度だけだったが、最前線の為か倦怠感の漂う街中だった記憶が知識として読めるんだよなぁ。


 それがどうよこれは、道は土から石畳に変わっていて、しかも広くて真っすぐな道になっているし。

 都市の作りも住民も、ここが敵に落とされるなんて微塵も思ってない自信を感じるね。


「フィオは特殊個体だったか、前にここに来た事があるのだな?」

「ん? ああうん、もう100年以上前の記憶が本の様に読める感じかなぁ……」


「ほほう……そんなに前の……む? 広場か何かに大きな像が建っているな……む……なぁフィオ……あれは神像だよな? 今さっき親と一緒に来たらしい子供が祝福を賜っていたし」


 大通りを歩いて辿り着いた先にある大きな広場、その中央に木を削った大きな神像が建っていた。


 その像の見た目は、中腰で立ち両腕で自分の大きな胸を圧迫して強調をしている、女神様の姿だった!


 むむ! 私の知識に無いという事は誰かがこれを作ったという事で……素晴らしい!

 モデルポーズのなんたるかが判っていて、大変にセクシーで良い神像だ!


 ……ちなみに神像になると雨風で劣化しなくなるので、例え木造といえど外に設置しても安心安全だ。


「あれを造った像形師の腕は素晴らしいね」

「……私が聞きたかった事はそういう事では無くてだな……」


「何か問題ある?」

「問題というか……神像だろう? 女神様を表しているのだろう? あれはちょっと……破廉恥ではないか?」


 ん? んー……そういやセクシー神像に慣れ過ぎてしまった感覚はあるかもしれないな。


「そういえばエルフの郷には始まりの神像ってのがあるんだよねぇ?」


 前世知識でシスターが言っていた知識を元に、クリスにそんな質問をしていく。


「ああ……あれは白い石で出来た女神様の神像でな、祈りを捧げる様な姿勢でこう……厳粛な雰囲気を感じさせる物であって、あんな破廉恥な姿勢はしていないんだが……」


 へー……始まりの神像はマリア像的な感じなのかな?

 でも私がマリア像的な物を前世で作った時は、容赦なく壊された記憶が読めるんだけど……。


 実は気に入ってなかった説とかありそだけど、そういや妖精の園の神像も厳粛な感じだったっけか。


「まぁ今の女神様の神像の主流はあんな感じのが多いよ」


「大丈夫なのか? 天罰とか落とされないか……?」


 たぶん大丈夫じゃないかなぁ?


「まぁまぁ気にせず色々見て回ろうよクリス、これも旅の思い出の一つになるさ」

「それもそうだなフィオ、では人の流れが出来ているあちらの方に行ってみるか」


 クリスがそう言って歩き出した先には、確かに兵士やらの男連中が沢山向かっているっぽいのだけど……あ……。


 ……いやまってクリス! そっちは娼館通りっぽいから!

 確かに男連中で賑わっているけども! 待って待って!


 ……。


 最初は娼館の意味を理解していなかったクリスだが、私が一生懸命説明をしたら、クリスは顔を真っ赤にしながら別の場所へと向かってくれた。


 エルフの郷にはそういうの無いのかねぇ……。



 ちなみに、昔そういった性の知識が私に無い事を装ってクリスを揶揄おうとして、何故か保健体育の授業になってしまった事があるのだが。


 クリスが後日それを思い出してしまい……あの時の揶揄いがバレて、すごい怒られた……。



 ……。



 ――



「さて、では何処の宿にするか……」


 クリスの言葉と共に私も周囲のお店を見回す、そして。


「あの商会のマークを掲げている宿屋にしようよクリス」

「あれか? ふむ、トトカ商会? 建物は立派だがここを選んだ理由を聞いてもいいかフィオ」


 理由? そんなのは勿論。


「尻が柔らかそうな名前だからだよ」

「尻? 柔らかい? ……意味が判らないのだが……フィオはたまに訳の判らない事を言うのだよな……」


「あははごめんごめん、トトカ商会ってのは獣人国でもここ百年くらいに大きくなった商会でさ、初代の商会長が良い人でね……その教えが後進にも伝わっていれば良い宿の可能性もあるかなって思ってさ……」

「成程、だが獣人の百年前だと難しいのではないか?」


「まぁ……そうだね……」


 クリスのもっともな意見を聞きながら、私は周囲を見回す。

 すると、同じマークを掲げた様々な商店が、大通りのほぼ全てを占めていた。

 ……こういうやり方を、初代のあの人は……しないのだろうなぁ……。


「まぁ行ってみようよ、資金力があるなら部屋は綺麗かもだしさ」

「それは大事な要素だな、良し! あの宿に泊まってみようか」


 ……。



 ――



 宿は値段相応だったが、体系的というか……無味乾燥な接客だったね。

 それが必ずしも悪い事では無いんだろうけどさ……。


 次は個人経営な宿屋にしようと、クリスに提案する事にしたよ……。



 ……。



 ――



 今私とクリスは獣人国の首都に来ている。


 その首都の中央にある、大きな大きな広場には人が大量に詰めかけて来ており、数千? 万? とにかく物凄い人数が集まっている。


 私とクリスはその光景を、広場に面した高級宿屋の窓から見ている。


 ここを陣取る為に、一晩で大銀貨が数枚飛ぶ部屋を押さえたのだ……。


「始まったみたいだねクリス」

「うむ、『精霊よ、かの声を拾え』、これで聞こえるだろう」


 その広場の先はお城と接していて、そこには三階くらいの高さにバルコニーがあり、王族等が演説する為の場所がある。


 今そのバルコニーっぽい場所に、獣人国の王族が出て来て演説を初めている。


 声は魔道具によって広場に拡散されていて、私達も精霊が音を拾って来てくれるので、十分にその演説を聞く事が出来ている。


 ホテルの窓枠に半身で腰掛けてそれを聞いているクリス。

 私はそのクリスの太ももの上に座って、同じく演説を聞いている。


「なぁフィオ、かの王族が言っている苦難の戦いというのは、どれくらいの期間なのだろうか?」

「んーと確か人間国がオーク帝国に降伏したのが1410年前後頃って話だから……今は1578年で……だから160年くらいかな?」


「そんなものか……獣人の恩人?」

「昔居たドワーフの王様の事だね、彼が居なかったら連合は危なかったって言っているね」


「食料増産の為に王族が竜を討ち取ったのか……すごいな! ドラガーナ地方か……一度行ってみたい場所だな」

「数十年単位の計画で食料を大増産するのだから、苦労をしたんだろうね……いやほんとに……」


「なぜフィオが疲れた声を出しているのだ? おお! 本当だ! フィオの言っていた通りに、大攻勢を掛ける宣言がされたぞ!」

「まぁそうだよねぇ……ここに集まっている民の中に、他所の地域から来たっぽい戦士達も相当数居るよねこれ……」


「うむうむ、なるほど、確かに連合に所属する者としては、その想いに応えるべきか」


 あ、やば、クリスが獣人国王族の演説に感じ入っちゃってる……えーと……。


「クリス?」

「なぁフィオ、やはり我らも対オーク帝国の戦いに参加するべきではないか? 邪神というのも放って置く訳にいかんだろう!?」


 ああああ……あーもう……やっぱりこの演説話が首都で行われるのを聞いた時に、クリスの興味を他に回すべきだったかなぁ……。


 でもクリスは王族の演説とやらに興味津々だったからなぁ……。


「あのねクリス」

「なんだフィオ」


「戦場ってのは、誰もが死ぬ可能性のある場所なんだよ?」

「それはそうかもだが、私には〈精霊魔法〉があるだろう?」


「確かに一対一の戦いでなら、クリスに勝てる相手はそうは居ないだろうね、でも乱戦なら別なんだよ? 死角からの味方の悪意の無い誤射に……精霊は反応してくれるかな?」

「フィオは何故味方からの攻撃を考慮しているのだ……確かに悪意や敵意が無いと難しいかもだが……しかし子孫の為にも、今我らが動かねばいかんのではないか?」


 むぅ……さっき聞いた獣人の王族の言葉を使っている時点で、クリスは相当あの演説に感化されちゃっているか、だとすると説得は難しいかなぁ……。


 それなら……。


「はぁ……じゃぁさっきの話にあった義勇兵に、魔法職として遠距離攻撃専門での参加をしようか? 近接戦は絶対にやらせないからね!?」

「お、おう……フィオがそこまで声を荒げるのも珍しいな、うむ、了解だ、私の精霊魔法で敵の矢を逸らしたりすればいいかな?」


 うんまぁ、火の精霊を纏って敵陣に突撃するとか言い出さないだけましか。


 あんまりこういう荒事に慣れて欲しくは無いんだけどね……クリスはエルフとしてまだ成人したてなんだしさ。


 冒険者として魔物を倒すのとは別物だって……クリスは理解して……無いんだろうなぁ……。


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